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究極の賛美(15)最終回「イエス様の捧げた究極の賛美」





1★十字架のライン
 

ライン15
「イエス様の捧げた究極の賛美」

★マタイ 27: 46 三時ごろ、イエスは大声で、
「エリ、エリ,レマサバクタニ。」と叫ばれた。
これは、「わが神、わが神。
どうしわたしをお見捨てになったのですか

という意味である。
 

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この叫びが、永遠の中で最も尊く偉大な究極の賛美です。
どうしてこの叫びが究極の賛美なのでしょうか?



 
 
 



・・・(1)天の父である神と人間側の父アブラハム・・・

天の父は、創世の時に被造物に自由意志を与えた以上、人間への愛を全うする為には、最初から御子イエス様の血と死しかないと覚悟なされていたと推測されます。

しかし、その使命を最も愛する一人息子に託すにあたり、理性的に納得してはいても、感情的には非常に辛かったのではないでしょうか。モリヤの山での礼拝は、完全に十字架を象徴しており、しかも、御子を象徴しているイサクではなく、御父を象徴しているアブラハムにスポットライトが当っています。、

 ★モリヤの山
 
自分自身が十字架の苦しみに遭うよりも、それを見ている父の方がどんなに辛いかを、アブラハムの一人息子イサクを御子イエス様と見立てて、同じ父親としての苦しみを、アブラハムに理解してほしかったのではないでしょうか。そして、アブラハムは、御父の心を知る、神の友と呼ばれました。

★ヤコブ¥2:23 「アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた。」という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。

天の父の信頼どおり、アブラハムは、神さまからの言葉に従順に従って、イサクを捧げました。

下記の御言葉は、アブラハムの生涯のいくつかの場面にあって、特にモリヤの山では、イサクが死んでも神さまには再び生かせる力があると信じてイサクを屠ろうとした御言葉への従順により、イエス様を信じる私たちをも、信仰によって義とされる道が開かれたのだと読み取れます。

★ローマ 4:21 神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。 4:22 だからこそ、それが彼(アブラハム)の義とみなされたのです。4:23 しかし、「彼の義とみなされた。」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、4:24 また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです

★ヘブル11:17 信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。


神の側の救いの道は、イエス様の十字架の血と死、御父の御力による復活とで完全に整えられました。しかし、それを人間が信じる事だけによって、得る事が出来るのは、アブラハムの信仰の従順を御父が確認してからの事だと考えられます。

しかし、神の側の壮大な痛みを伴う「贖いの御業」は、父なる神の決断によります。

その、愛する一人息子の苦しみを見ていると言うあまりにもむごい決断をなさった御父の勇気と犠牲を思い、イエス様は十字架で息を引き取る時、御父をほめたたえました。

★マタイ 27: 46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ,レマサバクタニ。」と叫ばれた。
これは、「わが神、わが神。どうしわたしをお見捨てになったのですか 」という意味である。
 

アブラハムには、雄羊を備えて、アブラハムの息子を失う痛みから救った御父は、ご自分の息子の十字架は回避なさいませんでした。私たち人類を愛すが故の決断でした。

★エペソ 1:4-5すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。 

★ヨハネ 3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、 世を愛された


 







・・・(2)御子イエス様の十字架の決断と喜び・・・

イエス様の側からの十字架を決断した理由が、黙示録の2カ所だけに、記されています。御子は、御父の為に・・・、御父があまりに人間を愛すので、その愛をかなえてあげようと、患難の十字架を選択されました。

★黙示録5:9-10彼らは新しい歌を歌って言った。「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神の為に人々を贖い、 私たちの神の為に、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」他1:5-6

それは、御父の定めた事であり、御子の十字架しかそれをかなえる道がなかったので、御子はその十字架の苦しみの跡を見て喜びました。なんと言う気高く尊い心でしょうか。

 926の0

★イザヤ53:10 しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。53:11 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。

御子の激しい苦しみの跡の報酬は、私たち人類の永遠の命でした。肉を十字架で死なせる事、自分の肉と魂の命を一粒の麦として捧げる時に産み出される壮大な収穫を見て、御子は喜びました。








・・・(3)「私たちの魂と肉体の命の殉教」と「大収穫」・・・

私たち先に救われたクリスチャンこそ、何時までも乳飲み子ではなく、父の御心をかなえる為に、心の殉教を捧げましょう。

 45の2 心の垂幕ガラテヤ
 
イエス様は、十字架の苦難によって、神を信じる全人類に永遠を与えたように、私たちがいまの時代に魂の殉教(割礼)を捧げる時、私たちはキリストの身丈に達し、生ける宮を完成して栄光が現れ、再臨前リバイバルの道を開き、神の民イスラエルの救いに至るのです。、

 124の11

★イザヤ60:1-5 「起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。・・・目を上げて、あたりを見よ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。・・・そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、心は震えて、喜ぶ。海の富はあなたのところに移され、国々の財宝はあなたのものとなるからだ。」

私たちの報いはそれだけでなく、永遠に続く栄誉です。私たちが自分の肉を裂く時に、これらの全ての結果を確信し、十字架上の御子キリストのように、心からの賛美を捧げましょう。

 ★冠を受ける











 ★花のライン17休憩
この画面にて、毎金曜日に
「新しいブログ」についての
進捗状況をお伝えします。

 

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究極の賛美(14)イエス様の十字架と「私たちの心の殉教」



1★十字架のライン 
ただ今、当ブログはトラブル修理中です。

今月中に修理ができない時には、10月4日(金)から、
何らかの新しい方法でメッセージを続けたいと思います。

ちょうど今、大切なメッセージをお伝えしていますので
今月中は、「生ける宮完成」に留まっていたいと思います。

 



ライン15
・・・・・2014.9.19記・・・・・・
イエス様の十字架と「私たちの心の殉教」 


イエス様が約二千年前、十字架の三日間で真の宮(幕屋・神殿・教会・・)を完成ましたが、イエス様が神の子であり、十字架が真の神殿である事を信じる事の出来ないイスラエルの民は、これから第三神殿を建てようとしています。その為に現在よりも、もっと激しい戦いが起こるでしょう。

 829の0
 
それは、私たちに大きな責任があります。私たち異邦人の教会が、イエス様の身丈に達して「生ける宮」を完成しなければ、イスラエルの救いはもたらされないからです。

★ローマ Romans  11:25 兄弟たち。私はあなたがたに、 ぜひこの奥義を知っていていただきたい。 ・・・その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは 異邦人の完成のなる時までであり、 11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。

イスラエルは今、旧約聖書の律法によってイスラム諸国と肉の力で戦っていますが・・・、私たち異邦人の教会が、自分の心の中の戦いに於いて、霊的戦いをしてサタンに勝利して行く毎日を積み重ねる事によってのみ、私たちは、小さくてもキリストの頭を抱く生ける宮を完成させる事ができ、イスラエルに救いが到来します。

私たちが全てのサタンのもたらす悪感情に、御言葉によって、聖霊によって、イエス様の十字架によって、父の真の愛に立って勝利してこそ・・・・、

・・・・イスラエルの肉(武力)による戦いを、霊的な戦い(神の霊の力)によって、敵なるサタンに完全勝利するのです。

私たちの心の中での戦いで、サタンに日々勝利する事とは、どれ程までに重要な事でしょうか?






・・・(1)「生ける宮を完成」する事が信仰者(人間)の目標・・・

天地が創造された時から・・・、否、それより以前の「最初(α)の永遠」から、私たちは、イエス様(神)の姿に似る者として意図されました。

 207の22

私たち人間は天地創造の六日目に、神に似せて造られました。これは私たちがイエス様の似姿になる事が、私たちが造られた最終的な「目標」であり、天にて父なる神と共に素晴らしい喜びと安息の中で永遠に生きるのが天地創造七日目に現れている「目的」です。

しかも、イエス様の生涯の位置を見ると、私たちは十字架上で死んで三日目によみがえって「生ける宮(神殿・幕屋・教会)」を完成させたイエス様の位置であり、私たちもまた、「生ける宮を完成する事」が人類の造られた目標である事がわかります。

そして、信仰者の生涯を教える「出エジプトの歴史」の中でも、六日目に当たる所は、シナイ山における「幕屋の完成」です。幕屋とは、「生ける宮」がどのようなものであるかを教える視聴覚教材のようなものです。

イエス様の生涯も、私たちの信仰生涯も、肉を十字架につけて殺す事と、御国に入る事です。

私たちの肉体が死ねば、永遠の安息である御国に行くように、私たちの魂の主張が死ねば、地上で生きていて「天の御国」を体験する事ができます。天の父を信じた時に、私たちの霊に聖霊が宿りますが、その周りの堅い幕が裂けなければ御国を実感する事が少ないのです。


 
 
 







・・・・・(2)二種類の信仰者「乳児と成人」・・・・

アダムは、教会を象徴する助け手イヴと共に、サタンに勝利する事ができなくて、地上に下ろされました。

 523の3

私たちは再臨の時、イエス様が掛けれた「十字架のはしご」を通って天の御国に帰ります。

しかし、初心者さんならまだしも、もうとっくに救われている私たちが、「聖かったけれど幼かった妻イヴ」のように乳や離乳食しか受け付けない生まれたての幼子として、天国に戻ったら、天の父も、イエス様も、聖霊様もどれほどがっかりなさるでしょうか?

そのために私たちは、「ガラテヤ2:20」のラインに到達していなければなりません。

★ガラテヤGalatians 2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。

 803の17

イエス様は、十字架の前夜に心を裂いて(心の殉教)血の汗を流し、十字架の日には体に鞭打たれ、茨の冠をかぶらされ、やりで突かれ、手足を釘で打たれて全ての体から血を流して私たちの罪咎を贖い、死んで体の殉教を遂げられました。

私たちがもし、これから体が殉教死する時が来るかもしれません。・・・しかし、生きているのであれば、心の殉教をして、イエス様の身丈に近付く毎日を送るべきです。




 

 




・・・・・(3)聖霊のなさる「心の殉教(割礼)」・・・・

それは、私たちがそれを願う事と、聖霊により頼む事の二面が必要となります。

体の殉教と、心の殉教(割礼)があります。パウロは心の割礼(ガラテヤ2:20;心の十字架死)は聖霊によってもたらされ、その誉れは神から来るのだとあります。

 621の12

旧約の神の民は、割礼を受けている事を大変誇りにしました。しかし、旧約時代に既に聖書には、体の一部分を裂く割礼は、心を裂く事だと言っています。

★申命記 Deuteronomy  30:6 あなたの神、主は、あなたの心と、あなたの子孫の心を包む皮を切り捨てて、あなたが心を尽くし、精神を尽くし、あなたの神、主を愛し、それであなたが生きるようにされる。

私たちの罪の為に、全身を裂いて下さったイエス様と、息子の苦しむ姿を見る患難に耐えてくださった御父の為に、私たちは、心に沸き起こる肉の小さな思い(面子・自己実現欲・名誉・自分の計画・恐れ・絶望・怒り・憎しみ・妬み自己憐憫・・・・)を日々十字架に付けてしなせ、圧倒的な復活の喜びを体験しつつ生きて行きましょう。

★Ⅰコリント 1 Corinthians 15:31 兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。これは、私たちの主キリスト・イエスにあってあなたがたを誇る私の誇りにかけて、誓って言えることです。

心の殉教、心の割礼を実現して私たちを生ける宮としての完成に導いて下さる聖霊を、切に求めましょう。

天の父が最も愛する神の民イスラエルの救いのために・・・・。







 3ライン

今日のメッセージには賛美の部分がなかったので
この楽しい賛美を御一緒にいかがですか?
 

聖歌 450番 「何ゆえみ神は」

  
①何故(なにゆえ)  御(み)神は  斯(か)かる身をも
  神の子と為(せ)しか  知るを得(え)ねど

≪折り返し≫  
我が  寄り頼む主は
委(ゆだ)ねたる  身と霊(たま)を
守り得(え)給うと  確信するなり

②何故  御言葉  信ぜし時に
  安きを得たるか  知るを得ねど
≪折り返し≫

③何故  主イェスを  救い主と
  信じ救われしか  知るを得ねど
 ≪折り返し≫

④我が世の終わりに  如何(いか)なること
  待てるかは  つゆも知るを得ねど
≪折り返し≫ 

⑤救い主イェスを  何(いず)れの日に
  見奉(たてまつ)るかは  知るを得ねど
 ≪折り返し≫ 


 エンディング
 






2014年9月26日(金)に続きます。
「究極の賛美」の最終回
イエス様の捧げた究極の賛美」についてです。

 

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究極の賛美(13)私たち生ける宮の完成



ただ今、当ブログはトラブル修理中です。

今月中に修理ができない時には、10月4日(金)から、
何らかの新しい方法でメッセージを続けたいと思います。

ちょうど今、大切なメッセージをお伝えしていますので
今月中は、「生ける宮完成」に留まっていたいと思います。

イエス様の完成された「生ける宮」を、イスラエルの救いの為に
異邦人の教会である 私たち一人一人が完成されて行くべきです。

★ローマ Romans  11:25
兄弟たち。私はあなたがたに、
ぜひこの奥義を知っていていただきたい。
・・・その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは
異邦人の完成のなる時までであり、
11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。


ですから今、イスラエルの平和の為に祈るだけでなく、
私たち一人一人が、キリストの身丈へと完成されているべきです。






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・・・・・2014.912記・・・・・・
パウロに見る「私たちクリスチャンの完成への願い」

使徒パウロは、私たちを含めて全ての信徒ひとりひとりを、
いつまでも幼い乳飲み子のような信仰者ではなく、
聖い花嫁(終末に於けるレムナント)として信仰の完成をさせたいと
切に願いました。

★Ⅱコリント2 Corinthians 11:2
・・・私(使徒パウロ)は神の熱心をもって、
熱心にあなたがたのことを思っているからです。
私はあなたがたを、清純な処女として、
ひとりの人の花嫁に定め、
キリストにささげることにしたからです。 


 523の1

聖かったけれど、幼くてサタンに騙されてしまったアダム達のように
私たちが成長しないままで、天国に戻るのでは、
父なる神を喜ばせる事はできません。

もちろん、再臨前リバイバルで救われて来る多くの神の民が
幼い信仰者のままで天に戻るのは当然の事です。

 523の3
 
しかし、先に救われた私たちこそは、神に喜ばれる成人となって
天国で、御座の前まで進み出る事を赦され
「良くやった!私の息子、私の娘!」とほめられ
美しい縫い取りがされたドレスを着せられ
冠をいただいて、天の宴会に招待されたいと願います。

アブラハムへの約束が成就し、空の星の数ほどに、
海辺の砂のように増え広がった多くの神の民の中で
ほんの一握りのレムナント(残りの者)の出現を
天の父は待ち望んでいます。

★イザヤ10:20 その日になると、
イスラエルの残りの者、ヤコブの家ののがれた者は、
もう再び、自分を打つ者にたよらず、
イスラエルの聖なる方、主に、まことをもって、たよる

10:21 残りの者、ヤコブの残りの者は、力ある神に立ち返る。
10:22 たとい、あなたの民イスラエルが海辺の砂のようであっても
その中の残りの者だけが立ち返る
壊滅は定められており、義があふれようとしている。


最後の審判の時である、再臨の時が迫る今、
最低限である身一つで天国に戻るのではなく
私たちの信仰生涯の家が、麗しく完成され

最後の火を通っても、残される金・銀・宝石・・・があるように
日々、完成車であるイエス様だけを見上げて歩んで行きましょう。

★ヘブル Hebrews  12:2
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから
目を離さないでいなさい。
イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、
はずかしめをものともせずに十字架を忍び
神の御座の右に着座されました。


530の1 

私たちが勝利をする時とは、
イエス様のように肉を十字架に付け死なせ、
イエス様のように完全に聖くない全ての人間は
天からの聖霊の火で肉(罪・汚れ・傲慢・自己・・)焼き尽くされ、
復活の命の喜びを体験をする事です。

イエス様が十字架の三日間で生ける宮(神殿・教会・幕屋)を
完成させたので、私たちも自分の肉を十字架につけなければ
復活の命に入る事はないし、生ける宮も完成しません。

★Ⅰコリント 3:9 私たちは神の協力者であり、
あなたがたは神の畑、神の建物です。
3:10 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、
土台を据えました。
そして、ほかの人がその上に家を建てています。

しかし、どのように建てるかについては
それぞれが注意しなければなりません。 3:11 というのは、
だれも、すでに据えられている土台のほかに、
ほかの物を据えることはできないからです。

その土台とはイエス・キリストです。
3:12 もし、だれかこの土台の上に、
金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、
3:13 各人の働きは明瞭になります。

その日がそれを明らかにするのです。
というのは、その日は火とともに現われ
この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。
3:14 もしだれかの建てた建物が残れば
その人は報いを受けます

3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、
その人は損害を受けますが、自分自身は、
火の中をくぐるようにして助かります。

3:16 あなたがたは神の神殿であり、
神の御霊あなたがたに宿っておられることを知らないのですか。


私たちも、信仰の家(生ける宮)の完成を目指し、
神の栄冠だけを目標に信仰のレースを戦いぬきましょう。

★ピリピ3:13 兄弟たちよ。
私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。
ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、
ひたむきに前のものに向かって進み、3:14 キリスト・イエスにおいて
上に召してくださる神の栄冠を得るために、
目標を目ざして一心に走っているのです。


ゴールは、主の山の頂上、キリストの身丈、至聖所です。
心に進入して来るサタンと戦って勝利する時に身丈に達します。

サタンのもたらす肉の思いを、聖霊の火で毎日焼き尽くすのなら
天と地の境目である垂幕が裂け、
そして、聖霊の導く御言葉に従順に従がって
天から来る命の川の水が流れ来て
キリストの御霊の実を豊かに結んでゆくので
御国の安息に、天の宴会に、天での栄誉に到達できます。








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・・・・・2014.9.5記・・・・・・
「第三神殿と、生ける宮の完成」

イスラエルが第三神殿建設を完成しようとしている時
私たち異邦人は、彼ら以上の使命感を持って
生ける神殿を完成させる事に努めなければなりません。

身丈に至る事とは、心の中に進入して来るサタンからの
肉の思いに、霊的戦いをして勝利する事です。

体の殉教は一生に一度ですが、心の殉教は毎日、
毎時間、毎秒・・・です。

イエス様は、クリスマスの夜
天から神のパンとして降って来てくださり、
十字架上で全身、全魂、全霊を裂いて
私たちを永遠に生かす為のパンとなって下さいました。

私たちはせめて、十字架の犠牲に感謝して
心(魂)を毎日裂いてサタンに勝利
天の父を喜んでいただきましょう。

 621の12

それでこそ、キリストの身丈に至る(主の山の頂上)に達するのです。

 530の1

日々心の殉教(垂幕を裂く)しなければ、
キリストの身丈に至りません。
最高の栄誉を得る為の、勝利はありません。

心の垂幕を裂く事が、体の殉教と同じく
勝利者となる事です。

黙示録の七つの教会へのイエス様の言葉にあるように
信仰者が勝利してレムナント(聖い花嫁・真の弟子・御心を祈る祭司)
となる時、天の父が喜んで下さり、リバイバルの道が開かれ
イエス様の再臨の時が訪れるのです。

第三神殿の建立は必ず起こる事ですが、
その時に、私たちの中に「生ける神殿」が
確立していなければなりません。

それは私たちが心の殉教を覚悟する献身を
表明する時、聖霊が臨んで仕上げて下さるのです。

このブログをお読みの皆様、星の数ほど、
海辺の砂の数ほどに多く生まれたクリスチャンの中で
是非、一握りの残された民(レムナント)となる決心を
していただきたいと思います。


これらは、イエス様の十字架を「キリストの幕屋」として見る事なしに
その奥義を知る事はできないのです。

是非、その重要な意味を知って、生ける宮となる献身を
主の御前にして下さいますように、伏してお願いいたします。

九月中は、下記の二つのメッセージをお読み下さい。
聖霊様が、あなたを「心の割礼(殉教)」へと導いて下さいますように
祈りつつ・・・・・・。







「生ける宮」のメッセージ一回目はコチラから

「私たち教会の賛美と、イスラエルの救い」 825の2





 「生ける宮」のメッセージ二回目はコチラから 

「今、完成されるべき神殿」 

829の0

 

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究極の賛美(12) 「生ける宮完成の重要性」



ただ今、当ブログはトラブル修理中です。

今月中に修理ができない時には、10月4日(金)から、
何らかの新しい方法でメッセージを続けたいと思います。

ちょうど今、大切なメッセージをお伝えしていますので
今月中は、「生ける宮完成」に留まっていたいと思います。

イエス様の完成された「生ける宮」を、イスラエルの救いの為に
異邦人の教会である 私たち一人一人が完成されて行くべきです。

★ローマ Romans  11:25
兄弟たち。私はあなたがたに、
ぜひこの奥義を知っていていただきたい。
・・・その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは
異邦人の完成のなる時までであり、
11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。


ですから今、イスラエルの平和の為に祈るだけでなく、
私たち一人一人が、キリストの身丈へと完成されているべきです。

イスラエルが第三神殿建設を完成しようとしている時
私たち異邦人は、彼ら以上の使命感を持って
生ける神殿を完成させる事に努めなければなりません。

身丈に至る事とは、心の中に進入して来るサタンからの
肉の思いに、霊的戦いをして勝利する事です。

体の殉教は一生に一度ですが、心の殉教は毎日、
毎時間、毎秒・・・です。

イエス様は、クリスマスの夜
天から神のパンとして降って来てくださり、
十字架上で全身、全魂、全霊を裂いて
私たちを永遠に生かす為のパンとなって下さいました。

私たちはせめて、十字架の犠牲に感謝して
心(魂)を毎日裂いてサタンに勝利
天の父を喜んでいただきましょう。

 621の12

それでこそ、キリストの身丈に至る(主の山の頂上)に達するのです。

 530の1

日々心の殉教(垂幕を裂く)しなければ、
キリストの身丈に至りません。
最高の栄誉を得る為の、勝利はありません。

心の垂幕を裂く事が、体の殉教と同じく
勝利者となる事です。

黙示録の七つの教会へのイエス様の言葉にあるように
信仰者が勝利してレムナント(聖い花嫁・真の弟子・御心を祈る祭司)
となる時、天の父が喜んで下さり、リバイバルの道が開かれ
イエス様の再臨の時が訪れるのです。

第三神殿の建立は必ず起こる事ですが、
その時に、私たちの中に「生ける神殿」が
確立していなければなりません。

それは私たちが心の殉教を覚悟する献身を
表明する時、聖霊が臨んで仕上げて下さるのです。

このブログをお読みの皆様、星の数ほど、
海辺の砂の数ほどに多く生まれたクリスチャンの中で
是非、一握りの残された民(レムナント)となる決心を
していただきたいと思います。


これらは、イエス様の十字架を「キリストの幕屋」として見る事なしに
その奥義を知る事はできないのです。

是非、その重要な意味を知って、生ける宮となる献身を
主の御前にして下さいますように、伏してお願いいたします。

九月中は、下記の二つのメッセージをお読み下さい。
聖霊様が、あなたを「心の割礼(殉教)」へと導いて下さいますように
祈りつつ・・・・・・。






「生ける宮」のメッセージ一回目はコチラから

「私たち教会の賛美と、イスラエルの救い」 825の2





 「生ける宮」のメッセージ二回目はコチラから 

「今、完成されるべき神殿」 

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究極の賛美(10)「私たち教会の賛美と、イスラエルの救い」


1★十字架のライン
 

ライン15
「私たち教会の賛美と、イスラエルの救い」

イスラエルとハマスの紛争で、双方に庶民や子供たちに犠牲が出て
それを見るイスラエルの平和のために祈る私たちは当惑しています。

★詩篇 Psalms 122:6 エルサレムの平和のために祈れ

イスラエルが、ハマス以上に攻め込んでいる印象があり
世界各国から反発を買っているからです。

 825の0
記事はコチラから

この批判は、イスラエルに向けられているようであって
実は私たち異邦人の教会がユダヤ人の救いの為に
まだ真剣に祈っていないので私たちが批判されるべきであり、、
御心に添った行動を起こしていない事に原因があります。

★ローマ Romans  11:25
兄弟たち。私はあなたがたに、
ぜひこの奥義を知っていていただきたい。
・・・その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは
異邦人の完成のなる時までであり、
11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。


私たち異邦人が、キリストの教会を完成させていない事が
本来、神ご自身が守り戦うべき戦いに於いて
イスラエルが肉の力で戦ってしまっているからなのです。

★ゼカリア Zechariah 12:3 その日、わたしはエルサレムを、
すべての国々の民にとって重い石とする。
すべてそれをかつぐ者は、ひどく傷を受ける
地のすべての国々は、それに向かって集まって来よう。


しかし今、イスラエルも我々クリスチャンも
エルサレムに戦いを挑む悪の勢力を
主ご自身が、戦って下さる事を確信していません。

★ゼカリヤ Zechariah  12:8
その日、主は、エルサレムの住民をかばわれる
その日、彼らのうちのよろめき倒れた者もダビデのようになり、
ダビデの家は神のようになり、
彼らの先頭に立つ主の使いのようになる。
12:9 その日、わたしは、
エルサレムに攻めて来るすべての国々を捜して滅ぼそう



日本人牧師N先生はこう語りました。
イスラエルの国が、イエス様の教え、
「自分の敵を愛し、右の頬を打たれたら
左の頬を差し出す心に至っていなければ
イエス様の再臨の時は来ない」と。

★マタイ Matthew 5:38
目には目で、歯には歯で。』と言われたのを、
あなたがたは聞いています。
 

今、旧約聖書の教えを尊ぶイスラエルも周辺諸国も
復習の限度を教えた「出21:24,レビ24:20の教え」に
反しています。

イエス様は、無抵抗を命じて
全ての裁きと報復を人間でするのではなく
全知全能の神の正しい裁きと報いに任せるように
教えています。

★ローマ Romans 12:17
だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、
すべての人が良いと思うことを図りなさい。
12:18 あなたがたは、自分に関する限り、
すべての人と平和を保ちなさい。

12:19 愛する人たち。自分で復讐してはいけません。
神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。
「復讐はわたしのすることである。
わたしが報いをする、と主は言われる。」


※この部分は旧約聖書からです。
☆申命記32:35 復讐と報いとは、わたしのもの
それは、彼らの足がよろめくときのため。
彼らのわざわいの日は近く
来るべきことが、すみやかに来るからだ。
☆箴言20:22 「悪に報いてやろう。」と言ってはならない
主を待ち望めがあなたを救われる。


★ローマ Romans12:20
もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。
渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、
あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。
12:21 悪に負けてはいけません
かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。 



そして、イエス様は言われました。

★マタイ Matthew
5:39 しかし、わたしはあなたがたに言います。
悪い者に手向かってはいけません
あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。
・・・ 5:43 『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、
あなたがたは聞いています。
5:44 しかし、わたしはあなたがたに言います。
自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい
5:45 それでこそ、天におられる
あなたがたの父の子どもgfになれるのです。 


しかし、激しい紛争の中で、イスラエルの国が
このようなイエス様の愛の心になる事は可能でしょうか?

その鍵は、異邦人の私たちクリスチャンの毎日にあります。

私たち教会が、毎日の生活の中で心
右の頬を打たれたなら左の頬を差し出し
全ての裁きと報いを主に委ね
自分の敵を愛し、迫害する者のために祈り
キリストの香りを放ち
父の愛で人々を愛し仕えるのなら・・・

イスラエルが肉の武器で復讐をせず
裁きと報いを神に委ね、憎しみに変えて
キリストの無償の愛で敵を愛すように
変えられて行くのです。

私たち異邦人の教会の一人一人が
心の中の憎しみに毎日打ち勝つのであれば・・・

 

 
 
 




・・・・・(1)「心の中がサタンとの戦場」・・・

今イスラエルは軍事力を用いて戦っていますがサタンとの戦いに於いて肉を相手に肉で戦わず、神の力で戦う事はできるでしょうか?
★Ⅱコリント 2 Corinthians 10:3 私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。10:4 私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。

聖書は、新旧訳全体を通して、私たちのサタンとの戦いに関して、肉対肉の戦いでない事を教えています。

イエス様も、一連の十字架の出来事に於いて、肉対肉の戦いをせず、肉の願いを滅ぼす事によって、霊的に勝利されました。

イスラエルの人々がこの肉対肉の戦いに生きるのではなく、霊の戦いに於いてサタンに勝利する為に、先ずは私たちが、サタンとの戦いに於いて「霊的戦い」をしなければなりません。

私たちの「霊・魂(心)・体」は、イエス様の十字架の三日間で「神殿(宮・教会・・)とされました。

 52の11

そして、私たちの生ける宮は、イエス様の生涯に相当し、驚くことに出エジプトの歴史と対応しています。

特に出エジプトの歴史の中で、私たちの体は「救いである小羊の贖いと、洗礼である紅海」に対応し、私たちの心(魂)は「試練と訓練の荒野」に相応し、私たちの至聖所である霊は、「カナンの地である天国」に相応しています。

 825の3

救いの段階に於ける、十字架(小羊)の血と死の贖いも、礼拝の民として確立される洗礼(紅海)に於いても、サタンとの戦いは神が全てをなされ、人間は何もできません。

★出エジプト14:13 モーセは民に言った。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。14:14 主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」

しかし私たちの心(魂)に相応する、礼拝の民としてこの世を歩む出エジプトの荒野時代に於いては、悪霊を象徴するアメレク人に侵攻され、この敵と祈りつつ戦いました。

私たちの戦いは、心の中に進入して来る悪霊との戦いで、御言葉により、信仰により、祈りによって勝利して行きます。私たち信仰者のサタンとの戦いの戦場は心です。

私たちは、心にサタン・悪霊にもたらされた悪い感情(怒り・絶望・不安・不満・絶望・傲慢・・・」がないかを良く見張り、見つけたらすぐさまその思いを断ち切り、御言葉に立ち、モーセのように天に向かって祈りの手をあげて、打ち勝って行く事が重要です。

 825の2

私たち異邦人のクリスチャンが、このような荒野でのサタンに勝利する生活を送る時、イスラエルの人々がイエス様の御言葉に従った「真の戦い」をし、勝利する道が開かれます。 










・・・・・(2)私たち教会のサタンに対する「霊的武装」・・・・

サタンは今、このように最も力がある天の父の御力が発揮できないように、肉を相手に、肉の力である武力によって戦わせています。イスラエルはハマスのイスラエルへの戦略よりも、サタンのイスラエルへの「血肉による戦いをさせる」戦略を見破るべきです。

★エペソ Ephesians  6:11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。 6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。 6:13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

私たち異邦人の教会もまだ、今の段階ではラオデキヤ教会状態で、生ぬるくこの世を楽しんでいますし、日常生活に於いて、教会生活に於いて、まだまだ血肉の戦いをしています。この世はサタンの支配する王国であり、私たちはその奴隷状態にあり、今イエス様が再臨されて迎えに来られる最も緊迫した時期です。

★黙示録 Revelation  12:12 「・・・自分の時の短いことを知り、激しく怒って・・・」

私たちは敵なるサタンに騙されて、今までの六千年の歴史の中で、最も激しいサタンとの戦いの中にりう事を、ぼかされています。私たちは軍事力を使う程には大きくないものの、日常茶飯事の不愉快や揉め事の中で、霊的戦いをしてはいません。私たち教会はこの最大の霊的戦いのただ中で、心に進入して来る悪しき思いに対して、完全武装しましょう。

★エペソ Ephesians 6:14 では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当て 着け、 6:15 足には平和の福音の備えをはきなさい。 6:16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。 6:17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことば を受け取りなさい。 6:18 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。 

 825の1
 
この私たちが使用するべき武具には、私たちの日常で起こる心の中の小さな不愉快・不満・憎しみ・自己実現欲・世に付くものを第一に求める心・・・などに対する武具として、つぶやき・悪口・陰口・し返し・無視・仲間はずれ・冷ややかな言動・・・などの武具は出てきません。

★出エジプト Exodus  20:16 あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。

★箴言250gossip2

たとえ真実であっても、愛のないうわさ話をしてはならず、全ての無駄口は神の御前でさばかれてしまいます。もう時が迫っていますので、私たちは徳を高める言葉だけしか語る時間的猶予がありません。

★エペソ Ephesians 4:29 悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。 4:30 神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。 4:31 無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。 4:32 お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい

私たちは今の重要な時、これらの御言葉によって自分の心を見張りましょう。

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イエス様を信じる私たちこそが、このような小さいサタンとの戦いに、日々御言葉通りに生きて勝利してこそ、イスラエルの国が、新旧約聖書全巻の御言葉に従って、サタンに勝利する事となり、イエス様の再臨への道が開かれるのです。

★ローマ Romans  11:25 兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひこの奥義を知っていていただきたい。・・・その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。

 

 
 


エンディング 


「賛美の力で打ち勝つ」

私たちはイエス様を見習って
サタンに勝利して天国に帰りたいと
願っています。

日々心の中に浮かぶ不愉快な感情に
勝利したいと願っています。

しかし、なかなか心が天からの喜びで
満たされない時は・・・・、

心からの賛美を捧げましょう。
その賛美の中に聖霊様が現れるからです。


★詩篇 Psalms 22:3あなたは聖であられ、
イスラエルの賛美を住まいとしておられます。


「たたえよ救い主イエスを」


「子羊イエスよ」



3ライン 



 ★花のライン17休憩


2014年9月1日(金)コチラに続きます。
今完成すべき「神殿」についてです。

| Ⅵ究極の賛美 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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