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2013年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年01月

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天国への地図(5)香壇④「静かなベツレヘムの村」 



先ずは、賛美歌「ああベツレヘムよ」の一番と四番をお聞きになりつつ
賛美の歌詞と画像に目をお留め下さい。
※パワーポイントでお使いの時には、下の動画を重ねて下さい



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図58★

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ライン15
「静かなベツレヘムの村」 

静かな夜中、小さな無名の田舎の村ベツレヘムの、汚い馬小屋の飼葉桶の中にイエス様が誕生しました。クリスマスのメッセージではよく、私たちの暗く罪に汚れた心の中に、聖いイエス様が誕生して下った事への感謝が語られます。

本日は、私たちの暗い心の意味を掘り下げて行きたいと思います。

全世界の救い主として誕生されたイエス様に最初に会ったのは、真夜中に羊の世話をしていた羊飼いたちでした。この羊飼いの心と、ベツレヘム郊外の静けさにも焦点を当てたいと思います。




・・・・・(1)暗黒の心に誕生・・・・

上の賛美歌の四番には、「心を清め宮となして 今よりときわ(常盤;永久不変な岩)に 住まい給え」とあり、作者は、私たち信仰者は「生ける宮(教会・神殿・・・)であり、心が聖所であり、その心の奥底である霊の所がイエス様が宿る「至聖所」である事を表現しています。

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新約時代を生きる私たちは、旧約時代の信仰者ほどには「暗い絶望」の中に居る自覚はありません。

★イザヤ 9:2 やみの中を歩んでいた民は、大きなを見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上にが照った。

しかし、現代を生きる私たちにとっても、本当の意味でイエス様の存在を「大いなる救いの光」として把握できるのは、自分の心に暗黒を体験した時です。あるメッセージでは、「絶望を体験した人しか、本物の希望を見出せない」と語られました。

ここにベツレヘムの村の昼間ではなく、皆が寝静まった夜中にイエス様が誕生した意味があります。





・・・・・(2)ベツレヘム郊外の羊飼い・・・・

ベツレヘム郊外で、徹夜をしながら羊の群れを守っていた羊飼いは、天使が現れて天の御座前のような素晴らしい賛意礼拝の様子を見る事ができました。

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野に住む貧しい羊飼いは、自分を照らす栄光の光を求めず、人工の光に価値を見出さず、ただただ自分の使命を忠実に果たして、古今東西の信仰者の中で彼らだけが、このような天国の御座を味わいました。

★マタイ5:3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。

イエス様がメッセージされた通りに、実際に経済的にも貧しい者、心が砕かれてへりくだった者、自分の栄光を求めずに、ただひたすら愛を周りに施す信仰者に、救いの光の大いなる輝きを見せて下さるのです。

★詩篇詩篇149:4主は御自分の民を喜び/貧しい人(口語訳;へりくだる者)を救いの輝きで装われる。(新共同訳)

何故、普通の信仰者や、経済的に優れ、名誉に輝き、何につけても優秀な信仰者は、高き天の御座前の礼拝に招待されないのでしょうか?

※これは、「罪を贖われて、神の民・神の子とされて永遠の命をいただく」と言う初期(乳しか呑めない赤ちゃんクリスチャン)の救いの入口としての段階の事ではなく、救いの達成(救いの全う;キリストの身丈;ガラテヤ2:20)の段階に至った信仰者が、父なる神を喜ばせるので招かれる高き位置です。

それは、なまじ他の人よりも富んでいたり、他の人よりも優れていたり、他の人よりも名声があったり、他の人よりも聖く、他の人よりも愛に満ち、多くの善行をしている自信があると・・・、

・・・自分が、イエス様の圧倒的な富に比べれば極めて貧しい者であり、神の知恵には遠く及ばない者であり、栄光の御座に近付く事も、栄光の輝きを見る事すら出来ない儚(はかな)い肉体を持つ者であり、イエス様の聖い衣のしみもシワもない白さの輝きに比べたら、一度は聖くされたのに、いつの間にか手垢にまみれたボロ雑巾をまとっているも同然な状態に気づく事が出来ません。

★黙示録3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。3:18 わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精練された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。

ですからイエス様が仰った通り、「心の貧しい者は幸い」なのです。

心の貧しさのあまり、天だけを見上げ、イエス様にだけを見つめ、御言葉だけに希望を持つのならば、私たちは世界一の幸福な者として、心からの感謝を神に捧げるべきです。

経済的な貧しさも、心の貧しさも、何かの足りなさも・・・、決して自分の側から祈り求める人は居ません。イエス様と語り合った金持ちの青年のように、神の国を得る為に、既に持っている富や名声や大切なものなどを、自分から捨てる事はなかなか出来ません。だからこそ、神を激しく求めざるを得ない人生を与えられた特別な祝福を感謝すべきです。

他の信仰者よりも優れていると思い、手元にある富などがこの世での安全に充分であると感じている心が金持ちの信仰者は、天の高き所に至れないし、最も安全な神の御手の中にかくまわれる真の平安を知る事もないし、宇宙に横たわる天の川のように永遠から永遠に続く神の御計画の川も見る事は出来ないし、真の希望の星の輝きも見られません。

イエス様が、金持ちの青年に語った教えは、山上の教えと対応しています。

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★マタイ 19:23 イエスは弟子たちに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。金持ちが天の御国にはいるのはむずかしいことです。19:24 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」

★マタイ5:3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。
★ルカ 6:20 イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。」


私たちは人間と比べるのではなく、イエス様の豊かさや輝きや聖さと比べない限り、この地で生きていて、心の奥底の霊の所(至聖所)で、神の御国を味わう事はできません。





・・・・・(3)静かな夜・・・・

イエス様が生まれた夜も、静かな夜でした。そこで羊飼い達は目を覚まして夜を徹して羊の番をしていました。

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そして、イエス様が十字架に付けられる前の夜、日ごろから香壇としているゲッセマネの静かな園で、イエス様は夜を徹して祈っていました。

★マタイ 26:36 それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」26:37 それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。 26:38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」26:39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」26:42 イエスは二度目に離れて行き、祈って言われた。「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。」

イエス様がこの世にあって、天の御国の父と深く交わる為に、人里を離れ、親しい弟子たちとも距離を置いて、静かな所で一人で祈りました。

これが至聖所の祈りです。

私たち生ける宮の礼拝所(心のチャペル:聖所)の奥底(霊の所;至聖所)が、人に隠れた奥まった祈りの部屋です。

心の金持ちだと思っている普通の信仰者は、聖霊様に御言葉を照らされ、悔い改めに導いていただかなければ、至聖所に入る事は出来ないのです。イエス様がいつでも至聖所に入れるように十字架で垂幕を裂いて下さってあるのに、切なる思いがないので、至聖所にまで到達する事ができないのです。

世の楽しみ得に満足し、世の輝きを慕い、自分自身の様々の思いや欲に囚われているので、神の御前に静まって、天から来る聖い光を発見する事も、神の細き御声を聞く事もできません。

★マタイ 6:6 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

 412の12台祭司の祈り
 
私たちは、苦しみの日、悲しみの日、真っ暗な絶望の日、ゲッセマネの園で徹夜して祈ったイエス様のように、たった一人で御座の前で切なる祈りを捧げましょう。



 図299

2014.1.10(金)コチラに続きます 
「香壇のまとめ」です




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《バックナンバーご案内》
今までの主なテーマをまとめて、下記のように整理しました。

Ⅰ生ける宮【霊・魂・体】(1~6)コチラから

Ⅱキリストの岩 (1~11+基督の幕屋2)コチラから

Ⅲ天国への地図 (1~)コチラから 
・・・天地創造の七日間と幕屋の七つの器具・・・
 ★聖所「パンの机」・・・・コチラから
 ★聖所「燭台(聖霊)」・・・コチラから 
 ★聖所「香壇(祈り)」・・・本日より始まりました。 

各テーマの冒頭に「コチラ」からアクセスしたら
各メッセージの最後に、次回に飛べるようにリンクをしました。
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クリスマス賛美礼拝


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アドベント第四週




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★ルカ2:8 さて、この土地に、羊飼いたちが、
野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、
主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。
今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
2:11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。
この方こそ主キリストです。

2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。
これが、あなたがたのためのしるしです。」

2:13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、
多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
2:14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。
地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。



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図243
 









ライン15
「クリスマス賛美礼拝」 

本日は、最もポピュラーなクリスマスの賛美歌2曲をお届けします。
教会や家でのクリスマス会で賛美を歌う時に
パワー・ポイントや歌詞カードとしてお使い下されば幸いです。

パワー・ポイントを作成なさる時に、
各歌詞カードの下にある動画を
画面の同じ所にペーストなさると良いです。






・・・・・(1)賛美歌「もろびとこぞりて」・・・・


 クリスマス1
★angel-left-horn  ★angel-right-horn


 クリスマス2
クリスマス9
★gateCLR
 
 クリスマス3
★1bigstar
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 クリスマス4

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素敵なカラオケで!









・・・・・(2)賛美歌「きよしこのよる」・・・・


 クリスマス6

 クリスマス8
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 クリスマス7
★lambs



素敵なカラオケで!


 
 
 






・・・・・(3)ご家庭でお楽しみ下さい・・・・



★アニメ「靴屋のマルチン」





★絵本朗読『クリスマスのおくりもの』






★クリスマス・キャロル
Kings College Choir - Christmas Carols






★静かなクリスマスの夜のBGMに
Christmas Peace - Relax With Instrumental Christmas Music








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 ★花のライン17休憩
2013年12月27日(金)コチラに続きます。「ベツレヘムの静かな夜」についてです。


| 賛美礼拝 | 05:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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天国への地図(5)香壇③「イエス様の香壇は?」 


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アドベント第三週
 






ライン15
「イエス様にとっての香壇」 

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(1)イエス様の御生涯にとって、香壇とは何処の場面でしょうか?

(2)また、幕屋の本体であられるイエス様の十字架の姿では、
香壇とは体の何処の部分でしょうか?

(3)イエス様は、十字架の三日間で
生ける神殿(幕屋・宮・教会・・・)となりました。

私たちも生ける宮として完成する為にに
香壇の意味を深く考えて行きましょう。



 
 


・・・・・(1)イエス様の香壇「ゲッセマネの園」・・・・

イエス様の三年半のご生涯は、幕屋の聖所として表す事ができます。

 906の15 

①祭壇に当る所で、この世の救いの光として誕生なされ、
②洗盤の所で、バプテスマのヨハネから洗礼を受け

使命を果たすための力の衣である御霊を受けてから
③パンの机;御言葉を守り、御言葉を伝え
④燭台;どんな時も御霊に導かれ
⑤香壇;常に神に祈りを捧げつつその御声に従い続けた生涯でした。

特に、十字架の死を意味する垂幕の直前に置かれた祈りの香りを上げる香壇は・・・・、
・・・十字架の日の前夜に座り込んで祈った「ゲッセマネの園」です。

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イエス様はその公生涯に於いて、できる限り、至聖所を象徴する山で御父に祈り、特にオリーブ山の「ゲッセマネの園」を香壇として熱心な祈りを捧げました。

十字架で垂幕を裂いて至聖所に入り、復活されて霊の体(栄化)となり、天の御国に帰って行かれました。

 

 
 
 


・・・・・(2)イエス様の香壇「心」・・・・

年に一度の贖罪の日、大祭司は幕屋と、礼拝の全ての器具に、いけにえの動物の血を塗りつつ、至聖所の中に進んで行きました。
※幕屋完成の時は、モーセが行ったようです。

★ヘブル 9:7 第二の幕屋(至聖所)には、大祭司だけが年に一度だけはいります。そのとき、を携えずにはいるようなことはありません。・・・9:21 また彼は、幕屋と礼拝のすべての器具にも同様に血を注ぎかけました

真の幕屋であられるイエス様も、十字架につけられる前と十字架上で、全身に鞭によって血が塗られ、幕屋の器具に相当する所にも、茨の冠や釘、やりによって血が塗られました。

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この中で、イエス様の心の所に位置する「香壇」は、十字架の前夜、「ゲッセマネの園」での祈りに於いて血が流されました。事実を坦々と書き記す聖書の記述の中にあって、下記の所だけ文学的に描写されているのは、イエス様の心である香壇に血が塗られたと言う証ではないでしょうか?

★ルカ 22:40 いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われた。22:41 そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。22:42 「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」22:43 すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。22:44 イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。


 


・・・・・(3)生ける宮の完成と私たち・・・・

使徒ヨハネは、イエス様の誕生までのいきさつを次のように伝えています。

★ヨハネ 1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。1:2 この方は、初めに神とともにおられた。1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。1:4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

この御言葉は、聖書の最初の御言葉に対応しています。

★創世記1:1 初めに、神が天と地を創造した。1:2 地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。 1:3 そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。 

また、使徒ヨハネは、他の福音書と違い、クリスマスの場面を次にように伝えています。

★ヨハネ1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。 

これは、出エジプトの幕屋を造る事の理由を述べた神の言葉と対応しています。

★出エジプト 25:8 彼らがわたしのために聖所(幕屋)を造るなら、わたしは彼らの中に住む

イエス様こそが、クリスマスの夜、生きている幕屋として、この地球に来てくださいました。・・・事実、イエス様は宮清めの後でユダヤ人たちに次のように語りました。

★ヨハネ2:19 イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」

人々は当時改築中のヘロデ神殿の事だと思いましたが、イエス様が、十字架の三日間で生ける神殿(宮・幕屋・教会・・・)となられると言う意味でした。

幕屋の事について新約聖書で最も詳しく語っているのはヘブル書ですが、その中に次にような言葉があります。

★ヘブル 9:11 しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、 9:12 また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

このまことの幕屋とは、ステパノの演説の中での「 私たちの先祖のためには、荒野にあかしの幕屋がありました。それは、見たとおりの形に造れとモーセに言われた方の命令どおりに、造られていました。(使徒7:44)」のモーセが見た天にある本当の幕屋の事です。

しかし、さらに偉大な、さらに完全な幕屋とは、イエス様の十字架上で完成された幕屋本体ではないでしょうか?

私;福田は、永遠の中で唯一の贖いの御業は、十字架上のイエス様が①幕屋本体であられ、②いけにえの子羊であられ、③大祭司であったと把握しているのですが、皆様はいかがでしょうか?

「天のまことの幕屋」が、この御言葉にあるのなら、「さらに偉大でさらに完全な幕屋」とは、無限に広いの宇宙空間に、そして永遠から永遠の時間の中で、十字架上のイエス様以外に何があるのでしょうか?

イエス様がイースターの朝早くマグダラのマリヤと会った後、血の塗られた幕屋本体として天のまことの幕屋に入り、永遠の贖いを完成し、戻って来てからは、弟子達に体を触らせたのではないかと推測できます。

 1220の3
 
イエス様が十字架で「生ける宮(体;教会全体、心;聖所・礼拝堂、霊;至聖所)」となられた事は、再臨を迎えようとする今の私たちにとって、非常に重要な事実です。

★Ⅰコリント3:16あなたがたは神の神殿(教会・宮)であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。

★Ⅰテサロニケ 5:23 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。

私たちが「生ける宮」になるには、イエス様の生涯である幕屋を辿らなければならないし、イエス様の十字架上の身丈に届かなければならないからです。

下記は、私たちが辿るべきイエス様の生涯としての幕屋(横軸)と、私たちが達するべき身丈としての幕屋(縦軸)を表しました。

 906の9
 
本日は、この表の香壇」の位置に注目したいと思います。

なぜなら、私たちの体が栄化して御国に入るのは、体が殉教を含む肉体の死であるか、再臨の時に限られているからです。しかし、私たちの香壇である心が殉教(プシュケー;魂の命の死)するのなら、この地に生きていてなお、天の御国を心の中で体験し、また御国を地に流す事となります。

キリストの幕屋は、最後のリバイバルに対して、多くの重要な真理を語っているのです。






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「クリスマスにまつわる香壇での礼拝のお話」


イエス様はクリスマスの夜、私たち人類の罪を贖い、神の子・神の民とする為に、天から下って来ました。

最初から、香壇であるゲッセマネの園で心を裂く為、そして十字架の上で体を裂く為に赤ちゃんとなってベツレヘムの馬小屋に生まれて下さったのです。

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その生涯を通して、私たちの辿るべき十字架の道と、私たちの魂の命(プシュケー)であるパンを裂くべき事を教えて下さいました。

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私たちは、もしかしたら体の殉教を捧げる場面も近い将来にあるかもしれません。しかしこの地に生きている今、心のパンを裂いて、真の礼拝を捧げ続けましょう。・・・ゲッセマネの園のイエス様のように。・・・

★ローマ12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。殉教と言う真の霊的礼拝を捧げる毎日を送りましょう。 

★詩篇51:17 神へのいけにえは、砕かれたたましい砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。


※イエス様がアザゼルの山羊として、生ける者の地から絶たれて下さったので、私たちは霊的に神と裂かれて孤児となる事はありません。常にインマヌエルの主が聖霊として私たちと共におられます。






 図299  
2013年12月27日(金)コチラに続きます。
「ベツレヘムの静かな夜」についてです。
22日(日)コチラには、クリスマス賛美礼拝をお届けします。







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Ⅰ生ける宮【霊・魂・体】(1~6)コチラから

Ⅱキリストの岩 (1~11+基督の幕屋2)コチラから

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・・・天地創造の七日間と幕屋の七つの器具・・・
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天国への地図(5)香壇②「賛美は何処に?」 


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アドベント第二週
 



ライン15
「賛美は何処に?」 

先週は、香壇が祈りの香を立ち上げる祭壇である事を学びました。

下記の上段は幕屋全体、下段は幕屋の建物部分ですが、建物の左側に当る長方形の部分が「聖所」であり、祭司が毎日朝夕に仕える「礼拝所」です。

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聖所に於ける礼拝の大切要素である、
①双方向からのパンの出会う「パンの机」の所では、私たちの心を砕いて神に捧げる献身の意味と、私たちが天から日々いただく心のパン(御言葉)の意味があり、
②「燭台」は聖霊の灯を表わし、
③「香壇」は朝に夕に捧げる祈りを表わしています。

では、私たちが日々の個人の礼拝で、また教会に於ける礼拝で大きな部分を占め、なくてはならない「賛美」とは、聖所の、または幕屋全体の、どの部分にあるのでしょうか?





・・・・・(1)出エジプトの民の賛美は何処に?・・・・

まずは、出エジプトの民の歴史を、幕屋を通してざっと見て行きましょう。幕屋の庭が表わす「救い」の部分は、二つの出来事が対応しています。

先ず「祭壇」の部分に相応するのは「子羊の血による贖い」の出来事で、イエス様の十字架の贖いを象徴しています。

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そして幕屋二番目の器具「洗盤」に相応するのは、紅海の水の中を通った事で、「洗礼」を表わします。御霊である雲の柱と紅海の水で、霊と水のバプテスマを受けたとの重要なパウロによる記述があります。

★Ⅰコリント 私たちの先祖はみな、の下におり、みなを通って行きました。10:2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、

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そして重要な事は、この世の君サタンを象徴するパロ王の手下を海に沈めたのは神の戦いであり、血による贖いと洗礼をもって、神の民の救いが確立したと言う事です。

★出エジプト 14:13 それでモーセは民に言った。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。14:14 主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」

14:18 「パロとその戦車とその騎兵を通して、わたしが栄光を現わすとき、エジプトはわたしが主であることを知るのだ。」


この二段階(小羊の血による贖いと洗礼)に於いて、神ご自身がサタンと戦われ、信仰者の救いが確定します。救いに関しては、完全に神の戦いであり、完全に神の側の功績であって、私たち人間には何も誇る部分はありません。

★出エジプト14:21 そのとき、モーセが手を海の上に差し伸ばすと、主は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた。14:22 そこで、イスラエル人は海の真中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。14:23 エジプト人は追いかけて来て、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海の中にはいって行った。

14:24 朝の見張りのころ、主は火と雲の柱のうちからエジプトの陣営を見おろし、エジプトの陣営をかき乱された。14:25 その戦車の車輪をはずして、進むのを困難にされた。それでエジプト人は言った。「イスラエル人の前から逃げよう。主が彼らのために、エジプトと戦っておられるのだから。」


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★14:26 このとき主はモーセに仰せられた。「あなたの手を海の上に差し伸べ、水がエジプト人と、その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ。」14:27 モーセが手を海の上に差し伸べたとき、夜明け前に、海がもとの状態に戻った。エジプト人は水が迫って来るので逃げたが、主はエジプト人を海の真中に投げ込まれた。14:28 水はもとに戻り、あとを追って海にはいったパロの全軍勢の戦車と騎兵をおおった。残された者はひとりもいなかった 

ここで初めて、モーセと民は、神に対する「賛美」を声高らかに歌いました。

★出エジプト 15:1 そこで、モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。15:2 主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられたこの方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。15:3 主はいくさびと。その御名は主。15:4 主はパロの戦車も軍勢も海の中に投げ込まれた。えり抜きの補佐官たちも葦の海におぼれて死んだ。

モーセの姉ミリアムと女性たちは、あまりの喜びにタンバリンで踊りながら、主を賛美しました。

★出エジプト 15:20 アロンの姉、女預言者ミリヤムタンバリンを手に取り、女たちもみなタンバリンを持って、踊りながら彼女について出て来た。 15:21 ミリヤムは人々に答えて歌った。「主に向かって歌え。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれた。」

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この出エジプトの時から、モーセと民は至聖所(天の御国)を象徴するカナンの地まで、四十年の荒野(聖所)の旅をします。荒野は私たち信仰者の天国までの心の旅路を表わし、日々の礼拝(聖所における③パンの机;御言葉・④聖霊;燭台・⑤祈り;香壇)を表わし、試練と訓練の日々を表わします。

この、神がサタンに勝利して、救いが確立した事への神への賛美をした位置は、下の表の赤い矢印の所となります。

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そして、このモーセと民の歌は、この世が閉じられ、サタンが滅ぼされた最後の時、全ての神の民と共に、御父と小羊であられる御子の勝利に対する、私たちの創造を絶する驚くべき大規模な賛美の時が持たれるのです。 

★黙示録 15:3 彼らは、神のしもべモーセの歌小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。15:4 主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」





・・・・・(2)イエス様と弟子達が賛美を捧げた時・・・・

イエス様は十字架に付けられる前夜、弟子達と共に最後の晩餐をした時、最初の聖餐式を持ちました。

★マタイ26:26 また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これはわたしのからだです。」26:27 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。「みな、この杯から飲みなさい。26:28 これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです

この時は正しく、イスラエルの民が出エジプトをする時、小羊の血によって贖い出された事を感謝して記念する「過越しの祭り」の期間であり、イエス様は弟子達と過越しの食事をとられていたのです。この日から、真の主の小羊の十字架の御業を感謝して記念する「過越しの食事」が、聖餐式へと代わりました。

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そして、この聖餐式の直後、イエス様と弟子達は賛美を共に歌い、エルサレムの東、オリーブ山のふもとにあるゲッセマネの園へと向います。

★マタイ 26:30 そして、賛美の歌を歌ってから、みなオリーブ山へ出かけて行った。 

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イエス様が弟子達と過ごされた三年半、多くの賛美を御父に向かって共に捧げた事でしょう。しかし、福音書の中には、十字架に付けられる前夜の賛美だけが記されています。

何故、イエス様は十字架に付けられ、全人類のいけにえとなって、苦しみを受けると言う悲惨な日の前夜、天の父に向かって賛美を捧げる事ができたのでしょうか?

ヘブル書11章では・・・、この世の繁栄や得となる何かを受けて感謝の賛美を捧げる普通の信仰者ではなく、火のような試練中で揺るぐことのない御座と素晴らしい報いを確信していた真の信仰者が、賞賛されています。

これらの多くの信仰の達人達は、イエス様の似姿に至った人々でした。

★ヘブル 12:1 このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

イエス様が贖いの小羊として十字架上で苦しまれ、サタンとの壮絶な戦いに勝利して下さったからこそ、私たちもまた単なる幼い信仰者ではなく、真の賛美のいけにえを捧げる成熟した信仰者となるまでに成長する事ができるのです。

★ヘブル 13:15 私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

肉の目で見たら、この世に於いては損や痛みや苦しみや不利益・・・としか見えなくても、その肉の心をいけにえとして賛美を主の御前に捧げる信仰に至るのは、ガラテヤ2:20のキリストの身丈に達してこそです。そのような賛美を天の父と御子は喜んで下さるのです。

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イスラエルの民は、荒野の入り口で賛美を捧げましたが、試練と訓練の荒野の中では「不平・不満」を鳴らして、神とモーセを失望させました。

イエス様の十字架と復活以後の私たちは、たとえ肉の目には不都合な事があっても決して不平不満を言わず、人生のどの場面に於いても「賛美のいけにえ」を絶えず捧げ続けて、信仰の勝利者の列に加えられる者となりましょう。

私たちの信仰の生涯としての「幕屋」に於いて、救われた段階の感謝の賛美に留まらず、どんな苦しい荒野(聖所)の中のどの位置での礼拝にあっても、絶えず心からの賛美を捧げる日々が、イエス様の生涯としての幕屋である十字架の道を、自分の十字架を背負って辿る弟子のあるべき姿です。

★マルコ 8:34 イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。8:35 いのち(プシュケー;魂の命)を救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。

私たちは、単なる神の子・神の民ではなく、イエス様に似る者「真の主の弟子」として生きるため、救われて神の子にされた時だけの賛美者ではなく、全生涯に於いてイエス様のように肉の命を捨てて、イエス様の後に従い、全てを感謝し、荒野(聖所)の道を聖く歩みましょう。

★Ⅰテサロニケ 5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。 5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。5:19 御霊を消してはなりません。

パウロの、私たちに対する忠告です。

★Ⅰコリント10:1 そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの先祖はみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。10:2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、10:3 みな同じ御霊の食べ物を食べ、 10:4 みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。 10:5 にもかかわらず、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。10:6 これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。それは、彼らがむさぼったように私たちが悪をむさぼることのないためです。

本日与えられた御言葉を、もう一度読みましょう。

★ヘブル 13:15 私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。





 rクリスマス・ライン

「クリスマスにまつわる賛美のお話]


 マリヤの賛歌

マリヤが、聖霊によって身篭った時、大いなる賛美を捧げました。「マリヤの賛歌」と呼ばれています。

★ルカ1:46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます
1:48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。
1:49 力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、
1:50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。
1:51 主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、
1:52 権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、
1:53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。
1:54 主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。
1:55 私たちの先祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」
 

マリヤは、イエス様が聖霊によって宿ると御使いガブリエルに宣告された時、結婚せずに子供を産む事の危険を受け入れました。悪評判の不名誉も覚悟する心の殉教と、石打ちにされるかもしれない体の殉教をも覚悟しました。

しかし、ガブリエルに「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。」と言われた時に、「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」との信仰告白をし、その後に何の不安も不平も不満も言いませんでした。

私たち信仰者が、自分の肉の思いを十字架に付けて死なせ、御言葉を信じて従う決心をする時に、聖霊が私たちに真の賛美を歌わせて下さいます。

助け主である聖霊が私たちの心の中に、キリストの思いを湧き上がらせてくださるので、素晴らしい霊の賛美を捧げる事ができるのです。もう一度今日の御言葉を読みましょう。

★ヘブル 13:15 私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。







 図299

2013年12月20日(金) に続きます。
「イエス様の香壇は?」についてです。






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今までの主なテーマをまとめて、下記のように整理しました。

Ⅰ生ける宮【霊・魂・体】(1~6)コチラから

Ⅱキリストの岩 (1~11+基督の幕屋2)コチラから

Ⅲ天国への地図 (1~)コチラから 
・・・天地創造の七日間と幕屋の七つの器具・・・
 ★聖所「パンの机」・・・・コチラから
 ★聖所「燭台(聖霊)」・・・コチラから 
 ★聖所「香壇(祈り)」・・・コチラから

各テーマの冒頭に「コチラ」からアクセスして読んでいただきましたら
各メッセージの最後に、次回に飛べるようにリンクをしました。
今年1月4日より始まった当ブログは、全部繋がりました。 

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≫ EDIT

天国への地図(5)幕屋五香壇①「私たちの祈りは香の煙となって」 


ライン10

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今までの主なテーマをまとめて、下記のように整理しました。
次回からは、記事の最後に記載します。

Ⅰ生ける宮【霊・魂・体】(1~6)コチラから

Ⅱキリストの岩 (1~11+基督の幕屋2)コチラから

Ⅲ天国への地図 (1~)コチラから 
・・・天地創造の七日間と幕屋の七つの器具・・・
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 ★聖所「燭台(聖霊)」・・・コチラから 
 ★聖所「香壇(祈り)」・・・本日より始まりました。 


各テーマの冒頭に「コチラ」からアクセスしたら
各メッセージの最後に、次回に飛べるようにリンクをしました。

今年1月4日より始まった当ブログは、それにより全部繋がりました。
内容も回を追うごとに順に進んでいます。







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アドベント(待降節)第一週
クリスマスイヴに、四本のろうそく全部に灯が燈るのをお楽しみに! 






ライン15
「私たちの祈りは香の煙となって」 
・・・天地創造の五日目「水と空の生き物の創造」と、幕屋の器具の五つ目「香壇」・・・

本日より、幕屋の第五番目の器具「香壇」について見て行きたいと思います。「香壇」とは、祭司が毎日、朝に夕に香の煙を炊く祭壇です。

天地創造の五日目に、神様は水と空の生き物とを創造されました。

★ 創世記1:21 神は、海の巨獣と、その種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、その種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神は見て、それをよしとされた。

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左クリックで二段階に拡大できます

これまでの天地創造と幕屋の器具との対応のように、一目でわかる繋がりのない五日目の創造物と、五つ目の器具ですが、どのように関連があるのでしょうか?





・・・・・(1)祭司や大祭司の香壇での勤め・・・・

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通常の日々の礼拝に於いて香壇は、聖所の入口から最も遠い、至聖所への垂れ幕の前に置かれていました。

しかし年に一度、大祭司が贖罪の祈りを捧げる為に、垂幕の向こう側の至聖所に入る時、香の壇を至聖所に持って入り、至聖所の中央にある御座を象徴する契約の箱の御前に香の煙を立ち上げたそうです。(コチラ)

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幕屋の情景は、視覚教材の絵のように、私たちの信仰生活を判り易く教えるものです。旧約時代に書かれた詩篇の中には、この香の煙は天の至聖所の御座の御前立ち上る「私たちの祈り」であるとの把握が記されています。

★詩篇141:2 私の祈りが、御前への香として、私が手を上げることが、夕べのささげ物として立ち上りますように。

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再臨後に起こる天での出来事の中に、地上で祈られる私たち信仰者の祈りの香が、御使いの手から神の御前に捧げられる光景が記されています。永遠の真理が目に見える形で、幕屋に表されているのです。 

★黙示録8:3 また、もうひとりの御使いが出て来て、金の香炉を持って祭壇のところに立った。彼にたくさんの香が与えられた。すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。 8:4 香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った





・・・・・(2)私たちの祈りと礼拝・・・・

イエス様が、十字架上で息を引き取られた時、この至聖所(天の御座)と、地上で礼拝を捧げている私たちとの間に隔てとなていた分厚い「垂れ幕」が引き裂かれ・・・

1206の9垂幕が避けた
 
・・・私たちが地上で祈る祈りが直接そのまま、天の御座の前で捧げる事ができるようになりました。
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黙示録五章にも、これから天国で起こる出来事の中に、私たち聖徒の祈りが詰まった金の鉢の様子が描かれています。

★黙示録 5:8 彼が巻き物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老は、おのおの、立琴と、香のいっぱいはいった金の鉢とを持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖徒たちの祈りである。





・・・・・(3)私たちの、祭司としての働きが祝されるようにあらかじめ・・・・

イエス様の十字架で生み出された現在の私たちは、大祭司であるイエス様の職業も受けついで、単なる神の子・神の民になっただけではなく、祭司として生きる使命が与えられています。

★黙示録1:5 ・・・イエス・キリストは私たちを愛して、そのによって私たちを罪から解き放ち、1:6 また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。

十字架で贖なって下さったイエス様を救い主として信じるだけで、神の子、神の民として永遠の命をいただく事ができます。しかし、その愛と犠牲に心から感謝して、神の僕として献身し、祭司の役目を果たして生涯を送る道を私たち選択しましょう。

★Ⅱコリント5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

十字架以後の私たちが祭司として神のために生きるには、幕屋の祭司の日々勤めの様子が参考になります。幕屋の祭司は、朝に夕に、香壇に香を炊いて神の御前に立ち上げました。それが世々にわたる常供の捧げものであると・・・。

★出エジプト30:1 あなたは、香をたくために壇を作る。それは、アカシヤ材で作らなければならない。・・・30:6 それをあかしの箱をおおう垂れ幕の手前、わたしがあなたとそこで会うあかしの箱の上の『贖いのふた』の手前に置く。30:7 アロンはその上でかおりの高い香をたく。朝ごとにともしびをととのえるときに、を立ち上らせなければならない。30:8 アロンは夕暮れにも、ともしびをともすときに、を立ち上らせなければならない。これは、あなたがたの代々にわたる、主の前の常供の香のささげ物である。

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その祭司の祈りを捧げる香壇は、幕屋の器具の番目にあたります。それに対応して天の父は天地創造の日目に水と空の生き物を祝福して、それらの「繁栄」をあらかじめ命じられて、祭司達の祈りに備えたのではないでしょうか。

★創世記1:20 ついで神は、「水は生き物の群れが、群がるようになれ。または地の上、天の大空を飛べ。」と仰せられた。1:21 それで神は、海の巨獣と、その種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、その種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神は見て、それをよしとされた。1:22 神はまた、それらを祝福して仰せられた。「生めよ。ふえよ。海の水に満ちよ。また鳥は、地にふえよ。」1:23 こうして、夕があり、朝があった。第五日

イエス様は、群集と弟子達に向かって山上の教えを語られ、「神の国とその義」を求めれば、「衣食や飲み物」は添えて与えられると語られました。

私たちが、イエス様の弟子(神の僕)となり、しっかりとイエス様に繋がっているのならば、私たち終末に生きる祭司には、祈る祈りに神ご自身が力強く応えてくださるのです。

★ヨハネ15:7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。 15:8 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。







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「クリスマスにまつわる香壇のお話」


イエス様の誕生が、乙女マリヤに伝えられる半年前、御使いガブリエルが年老いたザカリヤに訪れて、バプテスマのヨハネの誕生を告げました。

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ルカ1:5 ユダヤの王ヘロデの時に、アビヤの組の者でザカリヤという祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。
1:6 ふたりとも、神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行なっていた。
1:7 エリサベツは不妊の女だったので、彼らには子がなく、ふたりとももう年をとっていた。
1:8 さて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、
1:9 祭司職の習慣によって、くじを引いたところ、主の神殿にはいって香をたくことになった。
1:10 彼が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた
1:11 ところが、主の使いが彼に現われて、香壇の右に立った。
1:12 これを見たザカリヤは不安を覚え、恐怖に襲われたが、
1:13 御使いは彼に言った。「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。
1:14 その子はあなたにとって喜びとなり楽しみとなり、多くの人もその誕生を喜びます。
1:15 彼は主の御前にすぐれた者となるからです。彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ
1:16 そしてイスラエルの多くの子らを、彼らの神である主に立ち返らせます。


その日に当番に当っていた祭司であったザカリヤは、くじによって神殿の聖所に入り、香を炊いていました。そこで御使いガブリエルと対面したのですが、この箇所を読んで感動するのは、「彼(ザカリヤ)が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた」と、ある所です。

ザカリヤと民は、この日に神に対して何を祈っていたのでしょうか?贖罪のためや、それぞれの願い事もあった事でしょう。しかし十字架の贖罪の以前、旧約時代の神の民の根本的な願いは、何だったのでしょうっか?

未だ幕屋も祭司制度もなく、モーセの五書すら存在していなかった時代のヨブの心のから、それを知りたいと思います、10人の全ての息子娘と、全財産と、健康を殆ど一時に失うと言う、すさまじい試練の苦しみの中で、最もヨブにとっての最大の苦しみは「キリストがいない」と言う絶望でした。

★ヨブ 7:20 私が罪を犯したといっても、人を見張るあなたに、私は何ができましょう。なぜ、私をあなたの的とされるのですか。私が重荷を負わなければならないのですか。7:21 どうして、あなたは私のそむきの罪を赦さず、私の不義を除かれないのですか。

★ヨブ 9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。

★ヨブ 14:7 木には望みがある。たとい切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない。14:8 たとい、その根が地中で老い、その根株が土の中で枯れても、14:9 水分に出会うと芽をふき、苗木のように枝を出す。14:10 しかし、人間は死ぬと、倒れたきりだ。人は、息絶えると、どこにいるか。


ヨブは、その苦しみの中で神を激しく求めた時、少しづつ希望を見出し、そしてとうとう救い主の出現を確信しました。

★ヨブ 16:19 今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。

★ヨブ19:25 私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。19:26 私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る

そして、イザヤは救い主が誕生する預言をしました。

★イザヤ9:6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

ヨブにとって、イザヤにとって、祭司ザカリヤにとって、そして全ての神の民にとって、もっとも切に待ち望んでいたのは「救い主イエス・キリストの誕生」であったのでした。

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♪美歌94番 「久しく待ちにし」



①久しく待ちにし 主よ、とく来たりて
御民(みたみ)の縄目(なわめ)を 解き放ち給え
主よ、主よ、御民を 救わせ給えや

②朝(あした)の星なる 主よ、とく来たりて
お暗きこの世に 御光を賜(たま)え
主よ、主よ、御民を 救わせ給えや





今の終末の時を生きる私たち祭司は、
救い主イエス様が二千年前に到来しておられる事を
そして十字架が自分自身の為だったと知らない
二種類の人の為に祈るべきです。

①イエス様を救い主として信じていない神の民イスラエルの人々の為に。
②様々な偶像を礼拝している異邦人、
大半の日本人のように無神論の人々の救いの為に。






お子さまたちに
★D★★snoopy
ディズニー・クリスマスソングメドレー
ディズニー・ホワイトクリスマス



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 図299
2013年12月11日(金)コチラに続きます。香壇(2)「賛美は何処に?」についてです。 
 

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