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2014年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年03月

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契約の箱⑦箱の中のアロンの杖


1★十字架のライン 

イエス様が、十字架の血と死により
私たちをこの世の王よりも高き身分「祭司」として下さいました。
今の私たちが召されている「新契約時代の祭司」の使命を見てゆきましょう。

228の0

★黙示録Revelation1:5 イエス・キリストは私たちを愛して、
そのによって私たちを罪から解き放ち、1:6 また、私たちを王国とし、
ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。








ライン15
「契約の箱の中のアロンの杖」 

228の00

イエス様の十字架(新契約)以後に記されたヘブル書には、イエス様が息を引き取られた瞬間に裂けた垂幕の内側の至聖所に、旧契約時代に幕の前にあった香壇が入り、契約の箱の前に置かれていたマナの壷と、芽を出したアロンの杖が箱の中にありました。

★ヘブルHebrews 9:3 第二の垂れ幕のうしろには、至聖所と呼ばれる幕屋が設けられ、9:4 そこには金の香壇と、全面を金でおおわれた契約の箱があり、箱の中には、マナのはいった金のつぼ、芽を出したアロンの杖、契約の二つの板(十戒)がありました。

香壇が至聖所の内側に入ったので、私たちは天の御座の前で直接、御座に座する神に祈る事ができるようになりました。

 





・・・・・(1)アロンの杖とは?・・・・

民数記の抜粋をお読みください。

★民数記Numbers 16:1 レビの子ケハテの子であるイツハルの子コラは、ルベンの子孫であるエリアブの子ダタンとアビラム、およびペレテの子オンと共謀して、 16:2 会衆の上に立つ人たちで、会合で選び出された名のある者たち二百五十人のイスラエル人とともに、モーセに立ち向かった。16:3 彼らは集まって、モーセとアロンとに逆らい、彼らに言った。「あなたがたは分を越えている。全会衆残らず聖なるものであって、主がそのうちにおられるのに、なぜ、あなたがたは、主の集会の上に立つのか。」

★16:8 モーセはさらにコラに言った。「レビの子たちよ。よく聞きなさい。 16:9 イスラエルの神が、あなたがたを、イスラエルの会衆から分けて、主の幕屋の奉仕をするために、また会衆の前に立って彼らに仕えるために、みもとに近づけてくださったのだ。あなたがたには、これに不足があるのか。 16:10 こうしてあなたとあなたの同族であるレビ族全部を、あなたといっしょに近づけてくださったのだ。それなのに、あなたがたは祭司の職まで要求するのか。16:11 それだから、あなたとあなたの仲間のすべては、一つになって主に逆らっているのだ。アロンが何だからといって、彼に対して不平を言うのか。」

★16:31 モーセがこれらのことばをみな言い終わるや、彼らの下の地面が割れた。16:32 地はその口をあけて、彼らとその家族、またコラに属するすべての者と、すべての持ち物とをのみこんだ。 16:33 彼らとすべて彼らに属する者は、生きながら、よみに下り、地は彼らを包んでしまい、彼らは集会の中から滅び去った。

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★16:35 また、主のところから火が出て、香をささげていた二百五十人を焼き尽くした。

★16:41 その翌日、イスラエル人の全会衆は、モーセとアロンに向かってつぶやいて言った。「あなたがたは主の民を殺した。」

★16:47 アロンは、モーセが命じたように、火皿を取って集会の真中に走って行ったが、見よ、神罰はすでに民のうちに始まっていた。そこで彼は香をたいて、民の贖いをした。16:48 彼が死んだ者たちと生きている者たちとの間に立ったとき、神罰はやんだ。16:49 コラの事件で死んだ者とは別に、この神罰で死んだ者は、一万四千七百人になった。 16:50 こうして、アロンは会見の天幕の入口のモーセのところへ帰った。神罰はやんだ。


★ 17:1 主はモーセに告げて仰せられた。 17:2 「イスラエル人に告げて、彼らから、杖を、父の家ごとに一本ずつ、彼らの父祖の家のすべての族長から十二本の杖を、取れ。その杖におのおののを書きしるさなければならない。 17:3 レビの杖にはアロンの名を書かなければならない。彼らの父祖の家のかしらにそれぞれ一本の杖とするから。 17:4 あなたはそれらを、会見の天幕の中のわたしがそこであなたがたに会うあかしの箱の前に置け。 17:5 わたしが選ぶ人の杖は芽を出す。こうしてイスラエル人があなたがたに向かってつぶやく不平をわたし自身が静めよう。」

★17:6 モーセがイスラエル人にこのように告げたので、彼らの族長たちはみな、父祖の家ごとに、族長ひとりに一本ずつの杖十二本を彼に渡した。アロンの杖も彼らの杖の中にあった。17:7 モーセはそれらの杖を、あかしの天幕の中の主の前に置いた。

 図1

★17:8 その翌日、モーセはあかしの天幕にはいって行った。すると見よ、レビの家のためのアロンの杖をふき、つぼみを出し、をつけ、アーモンドの実を結んでいた。 17:9 モーセがその杖をみな、主の前から、すべてのイスラエル人のところに持って来たので、彼らは見分けて、おのおの自分の杖を取った。17:10 主はモーセに言われた。「アロンの杖あかしの箱(契約の箱)の前に戻して、逆らう者どもへの戒めのため、しるしとせよ。彼らのわたしに対する不平を全くなくして、彼らが死ぬことのないように。」

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このように、神様の主権(選び)に逆らう事とは、信仰者であっても赦される事のない大罪でした。荒野の神の民たちは、どれ程までに「祭司」の立場に憧れていた事でしょうか。
 
 
 






・・・・・(2)キリストの身丈に至った「祭司」・・・・

彼らが命まで失って得たかった「祭司」の資格が、今の新しい契約の時代にあっては信仰者全員に与えられています。

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しかし私たちは、こんなに尊い「祭司」の資格と使命を、充分に果たしているでしょうか?

モーセの兄のアロンは大祭司となった後には、規定の奉仕を忠実に果たしてはいましたが、実際には弟のモーセの方が永遠の命をも差し出して、同胞の罪をとりなす祈りを捧げました。

モーセが、シナイ山の頂上で十戒を戴いて麓に戻った時、大祭司となる選びにあった兄のアロンは、民と共に金で子牛の偶像を造り、祭りをしていました。大祭司の役割ではないモーセはそれを見て怒りましたが、それ以上に怒っている神に向かって、自分の永遠の命を捧げてとりなしの祈りを捧げました。

★出エジプト32:30 翌日になって、モーセは民に言った。「あなたがたは大きな罪を犯した。それで今、私は主のところに上って行く。たぶんあなたがたの罪のために贖うことができるでしょう。」 32:31 そこでモーセは主のところに戻って、申し上げた。「ああ、この民は大きな罪を犯してしまいました。自分たちのために金の神を造ったのです。32:32 今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら――。しかし、もしも、かないませんなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください。」32:33 すると主はモーセに仰せられた。「わたしに罪を犯した者はだれであれ、わたしの書物から消し去ろう。

 228の2の1
 
モーセには、特別にキリストの御霊が注がれており、モーセ自身も完全に民を導く使命に献身していたので、キリストの身丈に達しており、魂の命も、体の命も、そして永遠の命さえも捧げて、民をとりなしました。

キリストの身丈に達っしていたので、天の父がどれ程までに人間(この時代は神の民イスラエル)を愛しておられるかと言う奥義(イエス様の心)が我が物となっていたのです。私たちがガラテヤ2:20のライン(身丈)に達しなければならない大きな理由が、イエス様の御父に対する愛を共有する為です。

 228の2の2

自分の魂の垂幕を裂き、体の命の垂幕をも、永遠の命をも裂こうとしていました。

イエス様は、私たち信仰者が単なる神の子、神の民となるだけでなく、父の御心を深く知ってとりなす「聖なる祭司」とする為に、十字架上で血を流し、苦しみ、死んでくださいました。

★黙示録Revelation1:5 イエス・キリストは私たちを愛して、そのによって私たちを罪から解き放ち、1:6 また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。




 
 



エンディング


・・・・・クリスチャン祭司への高き使命・・・・

十字架によって罪が贖われ、神の子・民となった信仰者の仲に、献身をし、イエス様のように肉の思いと体を裂いて真の祭司を誕生させる為にも、「新しい契約」を我が物として生きる必要があります。

★エレミヤJeremiah31:31 見よ。その日が来る。――主の御告げ。――その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。31:32 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を握って、エジプトの国から連れ出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破ってしまった。――主の御告げ。――31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ。――わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。31:34 そのようにして、人々はもはや、『主を知れ。』と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。――主の御告げ。――わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。」 

「新しい契約」により、頑強な垂幕の背後にあり、なおかつ契約の箱の中にあった十戒の板が、キリストの身丈に至った者の心に直接記され、隠れたマナである奥義を知る者とされ、祭司の役割を果たす者とされるのです。

 131の1

私たちの霊を取り巻く石膏の壷のように頑強な垂幕を裂きさえすれば・・・・。

 621の10
 
そして、自分の霊を取り囲んでいる頑強な殻(垂幕)を砕く時、霊魂が鷲のように天の御座にまで飛び、天の父の切なる救霊の願いを知り、永遠から永遠まで宇宙に横たわる御計画の天の川を見る事ができるのです。

私たちも祭司の資格はあっても、キリストの身丈に達していなければ、アロンのように使命を十分には果たせません。自分の考えで、思いつく限りの祈りをする事も麗しい祈りです。しかし、ゲッセマネのイエス様のように、自分の魂の命をいけにえとして死なせる真の礼拝を捧げるのであれば、御父の御心を深く知ってとりなし、我が同胞を救いに導き、そして世界中に共に宣教に出てゆく時を迎える事ができるのです。

魂の殉教を捧げる使命こそ、日本人クリスチャンに与えられた重要な使命であり、世界をリバイバルに導く突破口となるのです。

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私たちがいま先ずする事とは・・・、天の御国を激しく求める事です。天の御国にまで鷲のように翼を張って霊魂が飛んで行き、御座(契約の箱)の前にじっくりと座り込んで祈る「ダビデの幕屋の祈り」をする事です。

★使徒15:16 『この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。15:17 それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである。 15:18 大昔からこれらのことを知らせておられる主が、こう言われる。』

ダビデの一度目の契約の箱の搬入時に不用意に神の箱に手をつけてウザが死んだような失敗をする事のないように、必ず聖霊に導きを受けて御言葉に立ち、十字架の贖いを絶えずおぼえて常に深く感謝を表明し、自分の肉の思いを十字架に釘付ける事を必ずしましょう。

★Ⅱサムエル2 Samuel 6:12 主が神の箱のことで、オベデ・エドムの家と彼に属するすべてのものを祝福された、ということがダビデ王に知らされた。そこでダビデは行って、喜びをもって神の箱をオベデ・エドムの家からダビデの町へ運び上った。6:13 主の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた

 228の67

十字架の土台に自分をしっかりと繋ぎ留めておかないと、糸の切れた風船や凧のようにサタンの惑わしの中を飛ぶ事となります。霊の中には、人間の霊、悪霊、聖霊が存在し得るからです。





3ライン 













 ★花のライン17休憩 
次回は、3月7日(金)22:00
コチラです。
天国への地図の最終段階、幕屋の器具七つ目「贖いの蓋」
そして天地創造の七日目「御国の安息」についてです  




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契約の箱⑥鷲のように(後半)

1★十字架のライン 
 




ライン15
221の0
「鷲のように」(後半)

★Isaiah40:31 Those who wait on the Lord 
Shall renew their strength;
They shall mount up with wings like eagles・・・・
 

本日は、先週の続きです。是非コチラから先にお読み下さい。









214の3
・・・・・(3)高い山と境界線・・・・


≪1≫主の山の頂上は至聖所

旧約聖書も新約聖書も主の山を示し、山の頂上を至聖所と捉え、私たち信仰者が毎日登るべき事を教えています。

イエス様が非常に高い山に弟子二人を連れて登られた時、そこは至聖所で御父の御声を聞きました。アブラハムがイサクと登ったモリヤの山で、主の御声を聞きました。エリヤは、ホレブの山頂で、神の細き御声を聞きました。・・・・
※この「Ⅲ天国への地図」のシリーズが終わり次第に始まる「Ⅳ主の聖なる山」のシリーズで、一つづつゆっくりお話しする予定です。

特にダビデの心の中にははっきりと主の山のイメージがありました。

★詩篇24:3 だれが、主の山に登りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか。24:4 手がきよく、心がきよらかな者、そのたましいをむなしいことに向けず、欺き誓わなかった人。24:5 その人は主から祝福を受け、その救いの神から義を受ける。24:6 これこそ、神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブである

★Psalms24:3 Who has the right to go up the Lord's hill? /Who may enter his holy Temple?24:4 Those who are pure in act and in thought, /who do not worship idols /or make false promises.24:5 The Lord will bless them and save them; /God will declare them innocent.24:6 Such are the people who come to God, /who come into the presence of the God of Jacob.
 
 

もちろん、主の聖なる山は、信仰生活と至聖所の関係の象徴ですが、単なるたとえではなく、私たち信仰者が生涯をかけて必死で登ってゆくべき山です。

私たちが見えているこの世の現象と、御言葉や幻等の預言とでは、この世の現実の方が真の現実であると捉えがちですが、真実の現実は聖霊の世界の方です。御言葉の世界が永遠に続く真実で、この世の現象はその一部の現われに過ぎません。主の山は、終末を迎えている現在に於いて、もっとはっきりと私たちの心に示されて来るでしょう。

そして、この主の山は、幕屋を立てたもので、頂上が至聖所となるのです。ダビデは既にこの奥義を把握していました。

★詩篇Psalms15:1 主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。  

私たち人間の生ける宮の頂上は「霊」の所です。私たちが主の山を登る事とは、霊の中に宿られた聖霊を何処までも求めて生きて行く時です。

ダビデは、主の山に上る事と、幕屋の至聖所に於かれている契約の箱(御座)と同じであると言う奥義を知っていて、契約の箱の前に座り込んで主を見つめ、語り合っていました。

 221の3

私たちにとっても今の終末の時代、私たちの霊の中に座している御国の御座の前に出て祈り、賛美し、黙想し、神様と語り合う事が重要です。自分の肉の思いや計画、考えがどれ程に正しく感じられても、霊の思いとは天と地ほどに違うからです。私たちを生かしている天の御国の輝ける永遠の命を、この地に流すのが私たちの使命です。

★ローマRomans8:6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。・・・ 8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。8:9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。

主の山に登る事とは、私たちの心を掘り下げて、心の奥底の霊の深みに入って、聖霊の御声を聞く事です。霊の中は人間の霊もあるし、悪霊も、先祖代々から来る霊も存在しますので、それらを振り捨てて「聖別」される事が重要です。賛美しつつ、御言葉を黙想しつつ、天の高き所を見つめていなければなりません。

※出エジプトに表れている信仰者の生涯では、カナンの地が御国であり、私たちの「霊」の所ですが、そこには先住民がいました。それらの人々や物質を「凄絶」する戦いがあったように、私たちも霊の中で「御言葉」と「天に座する神」だけを純粋に求める事が大切です。



≪2≫主の山の頂上で、天の御座の前での礼拝

ノアは、動物たちの代表を乗せて、キリストの教会を象徴する箱舟で、アララテ山の山頂まで運ばれましたが、そこは至聖所でした。神を信じ敬う八人の家族と動物とが礼拝を捧げましたが、これは天の御国に於ける、御座の前で捧げる全ての被造物による礼拝の様子を髣髴(ほうふつ)とさせます。

★黙示録Revelation5:13 また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」 5:14 また、四つの生き物はアーメンと言い、長老たちはひれ伏して拝んだ。

 221の1

★創世記Genesis8:14 第二の月の二十七日、地はかわききった。8:15 そこで、神はノアに告げて仰せられた。 8:16 「あなたは、あなたの妻と、あなたの息子たちと、息子たちの妻といっしょに箱舟から出なさい。8:17 あなたといっしょにいるすべての肉なるものの生き物、すなわち鳥や家畜や地をはうすべてのものを、あなたといっしょに連れ出しなさい。それらが地に群がり、地の上で生み、そしてふえるようにしなさい。」 8:18 そこで、ノアは、息子たちや彼の妻や、息子たちの妻といっしょに外に出た。8:19 すべての獣、すべてのはうもの、すべての鳥、すべて地の上を動くものは、おのおのその種類にしたがって、箱舟から出て来た。8:20 ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた

ノアと一緒にいた動物などの生き物は礼拝は出来なかった事でしょうが、全ての生き物を一番(ひとつが)いづづ、又は七つがいづつ箱舟に入れて山頂まで運んだのは、天の御座前での全ての被造物による礼拝の象徴であると思われます。

 221の2




≪3≫主の山の境界線

主の山の象徴的なもう一つの大きな山は、出エジプトしてちょうど一年目に、神様とイスラエルの民が契約を結んだシナイ山です。神様が、このシナイ山の頂上を至聖所として降りて来られました。

 45シナイ山の山頂

この時、このシナイ山が「主の山」であり、山頂が「至聖所」であるだけでなく、天(至聖所)とこの地を分ける「垂幕(境界線)」が存在していました。

 207の11

★出エジプトExodusモーセは民のことばを主に告げた。19:10 主はモーセに仰せられた。「あなたは民のところに行き、きょうとあす、彼らを聖別し、自分たちの着物を洗わせよ。 19:11 彼らは三日目のために用意をせよ。三日目には、主が民全体の目の前で、シナイ山に降りて来られるからである。19:12 あなたは民のために、周囲にを設けて言え。山に登ったり、その境界に触れたりしないように注意しなさい。山に触れる者は、だれでも必ず殺されなければならない。 19:13 それに手を触れてはならない。触れる者は必ず石で打ち殺されるか、刺し殺される。獣でも、人でも、生かしておいてはならない。しかし雄羊の角が長く鳴り響くとき、彼らは山に登って来なければならない。」

この時の様子は、ヘブル人への手紙に記されています。

★ヘブルHebrews12:18 あなたがたは、手でさわれる山、燃える火、黒雲、暗やみ、あらし、 12:19 ラッパの響き、ことばのとどろきに近づいているのではありません。このとどろきは、これを聞いた者たちが、それ以上一言も加えてもらいたくないと願ったものです。 12:20 彼らは、「たとい、獣でも、山に触れるものは石で打ち殺されなければならない。」というその命令に耐えることができなかったのです。12:21 また、その光景があまり恐ろしかったので、モーセは、「私は恐れて、震える。」と言いました。

しかし私たちは、モーセも恐れたほどの地上の主の山ではなく、本物の天の御国にある主の山の頂上である「御座の前」に招かれているのです。

テーブルから落ちたパン屑をいただく身分であった我々異邦人は、もし必死で天の高き峰を目指して生きて行くのであれば、天国での祝宴に招待され、アブラハムや、ヤコブや、モーセや、エリヤや、ダビデ・・・と同じ食卓に着き、共にご馳走に与る事ができるのです。何という桁外れに大きな恵みでしょうか?

★ヘブルHebrews12:22 しかし、あなたがたは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の御使いたちの大祝会に近づいているのです。12:23 また、天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者である神、全うされた義人たちの霊、12:24 さらに、新しい契約の仲介者イエス、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血に近づいています

★マタイMatthew8:11 あなたがたに言いますが、たくさんの人が東からも西からも来て、天の御国で、アブラハム、イサク、ヤコブといっしょに食卓に着きます。
 

 Revelation_19,_9_Invitation







214の6
・・・・・(4)鷲のように・・・・

天の父は、クリスチャンにこの天の最上階での祝宴に与る報いを準備して、私たちに「キリストの身丈」を完成すると言う高き使命を課しておられます。ガラテヤ2・20に達しなければ、私たち自身も、まだキリストを受け入れていないイスラエルの民も救われて、天の父に喜んでいただく事はできないのです。、

★ローマRomans11:25  兄弟たち。私はあなたがたに、 ぜひこの奥義を知っていていただきたい。それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。

パウロの霊魂が鷲のように空高く舞い上がり、天の高き所の御座にまで舞い上がって知り得たこの奥義を、私たちの霊魂もまた、鷲のように高く舞い上がって深く知り得なければなりません。

★エレミヤJeremiah33:2 「地を造られた主、それを形造って確立させた主、その名は主である方がこう仰せられる。33:3 わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。

この奥義を知るまでに私たちの霊魂が鷲のように高きを跳ぶ為には、二つの重要な作業があります。



≪1≫主を切に求める

一つは第一に、天の高き御座におられる「主を激しく求める」事が第一の条件で、聖書は新・旧約を通して重要な教えとして何度も出て来ます。善行をするようにとか、修業をするようにとか、多額の献金をする・・・とかではなく、先ず私たちの心が真直ぐに主に向かう事を、天の父は望んでおられます。

★イザヤIsaiah40:31主を待ち望む者は、新しく力を得、のように翼をかって上る事ができる

幕屋の至聖所と聖所の間に分厚い垂幕があるように、そして生ける幕屋である私たちの心に霊を包む頑強な殻があるように、サタンの地球を取り囲んでいる最前線は地球を取り囲んでいます。

ダニエルが断食の祈りをしていた三週間の間、黙示録でパトモス島に現れたイエス様に酷似した姿のお方が、サタンの最前線で足止めをされていました。

 214の15

★ダニエルDaniel10:4 第一の月の二十四日に、私はヒデケルという大きな川の岸にいた。 10:5 私が目を上げて、見ると、そこに、ひとりの人がいて、亜麻布の衣を着、腰にはウファズの金の帯を締めていた。10:6 そのからだは緑柱石のようであり、その顔はいなずまのようであり、その目は燃えるたいまつのようであった。また、その腕と足は、みがきあげた青銅のようで、そのことばの声は群集の声のようであった。

★黙示録Revelation 1:12 私は、私に語りかける声を見ようとして振り向いた。振り向くと、七つの金の燭台が見えた。1:13 それらの燭台の真中には、足までたれた衣を着て、胸に金の帯を締めた、人の子のような方が見えた。1:14 その頭と髪の毛は、白い羊毛のように、また雪のように白く、その目は、燃える炎のようであった。1:15 その足は、炉で精練されて光り輝くしんちゅうのようであり、その声は大水の音のようであった。1:16 また、右手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝く太陽のようであった。


ヒデケル川(チグリス川)のほとりで粗食で三週間祈っていたダニエルの元に、天からの使者が来られました。その、天使でもなく、受肉前のイエス様ではないかと推測する事もできる高貴な方でさえ、地球を取り巻くサタン(ペルシャの君)の最前線に阻まれて、天使ミカエルに戦いを任せる他には、突破できなかったほどの強力な幕です。

★ダニエルDaniel 10:12 彼は私に言った。「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。私が来たのは、あなたのことばのためだ。10:13 ペルシヤの国の君が二十一日間、私に向かって立っていたが、そこに、第一の君のひとり、ミカエルが私を助けに来てくれたので、私は彼をペルシヤの王たちのところに残しておき、10:14 終わりの日にあなたの民に起こることを悟らせるために来たのだ。なお、その日についての幻があるのだが。」

この時、天から「終末に関する奥義」を知らせる為に高貴な方が地に下って来られましたが、サタンは強力に地球を取り巻いていました。終末の現在は境界線をもっと頑強に守っています。

 207の5

終末が近付いた今、ラオデキヤ教会である私たちを霊的戦いから目を逸らさせようとするサタンの策略を知って垂幕を裂き、鷲のように天の御座の領域に入っていなければなりません。

ダニエルの旧約時代とは違い、イエス様が十字架上で肉を裂き、サタンに勝利されています。私たちもまた、自分の十字架を背負ってイエス様に付いて行き、垂幕を突破するべきです。私たちは、主を激しく求める一族です。

★詩篇Psalms24:3 だれが、主の山に登りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか。・・・24:6 これこそ、神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブである。

天の父は、私たちを鷲のように天空高く、神の御言葉の領域を飛ぶ事ができるように、神を切に求めるようにと、何度も御言葉を語っておられます。

★申命記Deuteronomy4:29 あなたがたは、あなたの神、主を慕い求め、主に会う。あなたが、心を尽くし、精神を尽くして切に求めるようになるからである。

★ヨエルJoel2:30 わたしは天と地に、不思議なしるしを現わす。血と火と煙の柱である。2:31 主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。2:32 しかし、主の名を呼ぶ者はみな救われる。

★アモスAmos5:4 まことに主は、イスラエルの家にこう仰せられる。「わたしを求めて生きよ。」

★マタイMatthew 6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」

★コロサイColossians3:1 こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。3:2 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。3:3 あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。






≪2≫絶えず十字架の血の贖いを心に留めて

イエス様は、私たち終末のラオデキア教会に向い、「悔い改めて、目が見えるように目薬を買いなさい。」と仰っています。ダビデが一回目に神の都エルサレムに「契約の箱」を運ぼうとした時に失敗し、ウザが死にました。

神様の御座である契約の箱の前に進み出る時には、十字架の血の贖いが不可欠です。ダビデは二回目に契約の箱を搬入する時には、神を畏れつつ慎重に、六歩進むごとに肥えた牛を祭壇に捧げつつ、運び入れました。

★Ⅱサムエル 2Samuel6:13 主の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。 6:14 ダビデは、主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。 6:15 ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上った。 6:16 主の箱はダビデの町にはいった。・・・ビデ王が主の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。 6:17 こうして彼らは、主の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真中の場所に安置した。それから、ダビデは主の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。 6:18 ダビデは、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ終えてから、万軍の主の御名によって民を祝福した。

 223の4
 
私たちが、ダビデのように天の御座の真ん前に座り込んで祈る時、ダビデのように決して十字架の血による贖いを忘れる事がないように・・・、そして自分の肉の思いを十字架に付けましょう。自分の中の垂幕もまた、サタンが通させまいと守ってている強力な最前線です。

 ★cross1

今、「ダビデの幕屋祈祷運動」が世界の各所に起こっていますが、WWWの坂師は、2013年9月24日の記事(空跳ぶ鷲の②コチラ)で、「主を見つめて待つ」祈りの実際を書いておられます。

イエス様は私たちに、裸同然で天国に入る事のないように裁きの火に耐え得る「金」の信仰を、「白い衣、鷲のように目が見えるように「目薬」を買いなさい、そして「悔い改めなさい」と、私たちの霊を取り巻く頑強な自我の垂幕を「扉」として叩いておられます。

 0014★

223の5

★黙示録3:18 「わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精練された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。3:19 わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いてをあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」




 ★花のライン17休憩

2014年2月28日(金)コチラに続きます。
「契約の箱の中にあるアロンの杖」についてです。 


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契約の箱⑥鷲のように

1★十字架のライン
 

ライン15
214の0 
「鷲のように」
★graphics-eagle-719314

先週は、イエス様が十字架上で息を引き取られた瞬間に、
「新しい契約」が成立し、イエス様の頭部(背丈)まで達した信仰者には、
隠されたマナ「奥義」が与えられると言うお話しでした。

本日は、キリストの身丈に至った信仰者の霊魂がどのようなものであるかを
「鷲のように」の御言葉の、終末に置ける解釈を通して
学んで行きたいと思います。

★Isaiah40:31 Those who wait on the Lord 
Shall renew their strength;
They shall mount up with wings like eagles・・・・



 


 
 




204の1
・・・・・(1)パン屑の極めて高い価値・・・・

先ず、私たちクリスチャンは、神様の愛する民イスラエルと比較すると異邦人であり、本来は神の民が持つ素晴らしい資格を得る事ができない身分であった事をお話ししたいと思います。

 214の7

イエス様がツロとシドンの地方に弟子達と共に行かれた時の事です。異邦人の女が叫びながら付いて来ました。

★マタイ15:22 すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。」15:23 しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで、弟子たちはみもとに来て、「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです。」と言ってイエスに願った。15:24 しかし、イエスは答えて、「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません。」と言われた。15:25 しかし、その女は来て、イエスの前にひれ伏して、「主よ。私をお助けください。」と言った。

すると、イエス様は次のように仰いました。

 214の8

イエス様は、「神の民イスラエルにパンを食べさせる事が第一の使命なので、異邦人に食べさせるパンはない」と仰いました。しかし、この異邦人の女性の答えは、イエス様を感動させました。
 
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この言葉を聞いて、イエス様は「そうまで言うのですか。それなら家にお帰りなさい。悪霊はあなたの娘から出て行きました。」と、癒しを宣告しました。

私たちクリスチャンは、異邦人である分際を、この女のようにわきまえていなければなりません。私たちは、神の民のおこぼれをいただくだけで充分に感謝すべきです。

しかし、イエス様が十字架上で命を捨ててテーブルの上に与えたパンとぶどう酒を、イスラエルの殆どの民は拒否しました。

 204の11

それ故に、異邦人である私たち教会に、すばらしきパン屑が与えられました。これがどれ程までに価値の高い事でしょうか。イエス様を信じて救いを受け入れた私たち異邦人は、神の子とされて神と共に永遠に共に生きる事ができるようになりました。

しかし、パウロははっきりと言っています。

★ローマ11:25  兄弟たち。私はあなたがたに、 ぜひこの奥義を知っていていただきたい。それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。

当時は使徒ペテロがイスラエル人(ユダヤ人)担当であり、パウロは異邦人担当でした。しかしパウロは、私たち異邦人のクリスチャンが完成(イエス様の身丈;しみもシワもない花嫁)した時に、イスラエルの民がイエス様を救い主として受け入れて父なる神と和解し、救われるとの奥義を語りました。

私たちクリスチャンは、パン屑をいただく資格ならあると言った異邦人の女性のごとくへりくだり、彼女のように熱心に主イエス様を叫び求め、そしてキリストの身丈(ガラテヤ2:20)を完成させるべき重大な使命があります。






 
 

 214の2
・・・・・(2)終末に対する預言・・・・

「鷲のように」と言うイザヤ書の短い御言葉が、終末の時代のキーワードです。今から四十数年前、日本の教会に「ショートソング」が賛美され始めました。

「主は素晴らしい」、「主は今生きておられる」、「さあ皆で主の山に上ろう」、「私たちは知ろう。主を知る事を切に追い求め(ホセア)」、「ハレルヤ」などですが、その中に「主を待ち望む者は新たに力を受けて昇る。走りつかれず、歩みてうまず、鷲のように昇る。」と言う賛美が二種類(FとC)あって、二曲とも礼拝でよく賛美されていました。

これが現在思うと、終末のリバイバルの始まりでした。この時のこれらの賛美には、今の時代に重要なメッセージが語られています。




終末に対する預言①ファイナルクエスト
 
それから三十年以上経って、預言者リック・ジョイナー師が、「ファイナル・クエスト」を書いて、日本でも生ける水の川社から、2000年6月に出版されています。

内容が霊的幻そのままなので、理解し難い方もおられたかもしれませんが、イエス様の十字架と生涯である「キリストの幕屋」と照らし合わせてみると、非常に理解がしやすいので簡単に説明したいと思います。

私たちクリスチャンが信仰生活の中で、主の山の高き(至聖所)を目指して、毎日山を上って行く過程が書かれており、その頂上への境界線は、ガラテヤ2:20のライン(キリストの身丈)です。

多くのクリスチャンが山のふもとで悪霊に攻撃されて無力になっている所に、山の上の方から鷲が下りてきて羽ばたくと癒しの風がそよぎ、ふもとのクリスチャン達は慰められ力つけられて、山の上り始めると言う内容です。

 214の12
 
この中に出てくる鷲の体には、金のかさぶたのような皮膚があって、それが栄光のように輝いていました。これらの鷲は、数々の試練や足りなさ、悪霊の惑わしによって敗北し、傷つき、それを聖霊の油によって癒された信仰者たちの霊魂であると、私;福田には感じられました。

私たちが全ての困難や苦境の中で、イエス様だけを見上げた時に得られる「天の御座に届く鷲の翼」であるのです。私たちがこのすばらしき体験をする時、それぞれに与えられた「奥義」を互いに交換し合い、互いに聖霊の導くすばらしき礼拝を捧げる事ができるのです。





終末に対する預言②空を飛ぶ鷲の油注ぎ
 
坂(ばん)達也先生が、日本人のためにアメリカで語られた預言を日本語に訳して、WWWと言うブログに載せて下さっています。WWWの2013年9月14日の「空跳ぶ鷲の油注ぎ」も、ファイナルクエストの中の鷲の様(さま)と同じです。この文は二回に分けて書かれているので、先ずは14日の①の方コチラをお読みください。

 214の13

この中でデイビス師は、この終末の時代の教会は、黙示録3章のラオデキア教会であると言い(これは以前から言われています)、その原因は、イエス様の再臨の迫る現在の大切な時代に、クリスチャンの目が天に向かわずなまぬるく、地で満足させるサタンの策略の現れであるのだと言う事です。しかし私たちはこのサタンに騙されてはなりません。

★Ⅱコリント 2:11 私たちはサタンの策略を知らないわけではありません。

ですから、地に住む者としての生活をしながら、サタンの惑わしに打ち勝って、霊魂が天空を舞い、天の御座にまでも昇って行って、その素晴らしい礼拝に与る必要があります。

そのためにデイビス師は、死に物狂いで熱心に天を求めるようにとの神様からの言葉を伝えています。天の御国を激しく求めている時、地上のものは添えて与えられます。再臨の時に全てが終わってしまうこの世の事を先ず求めないようにしましょう。イエス様が「山上の教え」で二千年前に言っておられる言葉です。

★マタイ 6:33 神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのもの(何を食べるか、何を飲むか、何を着るか・・・)はすべて与えられます。







終末に対する預言③イエス様の言葉
 
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イエス様が直接、私たち終末の教会であるラオデキア教会に対して語っています。私たちに生ぬるく信仰生活をさせようとするサタンの策略を知って、次のように命令しておられます。

★黙示録3:16 あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。 3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。 3:18 わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精練されたをわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。3:19 わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい

私たちは、イエス様にお叱りを受けています。リックジョイナーの本の中の鷲の体のように最後の火に耐える金を得、シワもしみもないキリストの花嫁となる為に白い衣を着せられ、そして何よりも、自分の心を硬く覆っている魂の命を人武具の麦のごとく死なせてキリストの身丈に迫り、キリストの頭部にある「隠されたマナの壷」の中にある「奥義」を知らせていただかなければなりません。

★Ⅰコリント2:6 私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。2:7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。

★イザヤ40:31 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる

そして、私たちの霊魂は、主の奥義を知る事ができるのです。そのためには生ぬるくではなく、娘が悪霊につかれた異邦人の女性のように熱く、死に物狂いで天を求める私たちとなりましょう。彼女の目は、鷲のように神の国の真理を見ていたので、イエス様は意地悪に聞こえる言葉をかけ、その答えに感心されたのだと思います。

 至EagleWink








 ★花のライン17休憩 

この続きは、来週21日(金)22:00にコチラからアップします。
(3)「高い山と境界線」、
そして(4)「鷲のように」についてです。




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至聖所(1.契約の箱)①「十戒」と「マナの壷」


1★十字架のライン



 
ライン15
契約の箱)契約の箱の中の「マナの入った金の壷」
 
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旧約時代、契約の箱の中には、「十戒の二枚の石版」だけが入っていました。契約の箱は、「十戒の石版二枚」を笑納する為に造られたように感じられます。

★出エジプトExodus25:10 アカシヤ材の箱を作らなければならない。・・・25:11 これに純金をかぶせる。それは、その内側と外側とにかぶせなければならない。その回りには金の飾り縁を作る。・・・25:16 わたしが与えるさとし(十戒の石版)をその箱に納める。25:17 また、純金の『贖いのふた』を作る。

マナの壷とアロンの芽を出した杖は通常、箱の前に置かれていました。

★出エジプトExodus 16:32 モーセは言った。「主の命じられたことはこうです。『それ(マナ)一オメルたっぷり、あなたがたの子孫のために保存せよ。わたしがあなたがたをエジプトの地から連れ出したとき、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らが見ることができるために。』」16:33 モーセはアロンに言った。「つぼを一つ持って来て、マナを一オメルたっぷりその中に入れ、それを主の前に置いて、あなたがたの子孫のために保存しなさい。」

★民数記 Numbers17:10 主はモーセに言われた。「アロンの杖をあかしの箱の前に戻して、逆らう者どもへの戒めのため、しるしとせよ。彼らのわたしに対する不平を全くなくして、彼らが死ぬことのないように。」


しかし、新約時代の十字架以後に書かれた「ヘブル書」には、三つとも箱の中に入っています。移動の時に三つとも箱の中に入れて運んだのを、著者が勘違いしたのではないかと「誤り」と考える方が多いと思います。

これは、イエス様が十字架に駆けられて息を引き取られた時に、新しい契約が結ばれた事により、至聖所への垂幕が裂かれた事に原因があります。イエス様は、十字架の死によって「生ける宮」となられ、それ以後、イエス様を信じてその身丈に至って生ける宮として完成した者にもまた、その頭部である契約の箱に十戒も、マナの壷も、アロンの杖も入ったのです。

 207の12
 
★ヘブル 9:1 初めの契約(旧約)にも礼拝の規定と地上の聖所とがありました。9:2 幕屋が設けられ、その前部の所には、燭台と机と供えのパンがありました。聖所と呼ばれる所です。9:3 また、第二の垂れ幕のうしろには、至聖所と呼ばれる幕屋が設けられ、 9:4 そこには金の香壇と、全面を金でおおわれた契約の箱があり、箱の中には、マナのはいった金のつぼ、芽を出したアロンの杖契約の二つの板(十戒の板)がありました。9:5 また、箱の上(贖いの蓋)には、贖罪蓋を翼でおおっている栄光のケルビムがありました。

★Hebrews9:3 and behind the second veil, the part of the tabernacle which is called the Holiest of All,9:4 which had the golden censer and the ark of the covenant overlaid on all sides with gold, in which were the golden pot that had the manna, Aaron's rod that budded, and the tablets of the covenant;


ですから、新しい契約では、芽から耳から入った「十戒」ではなく、霊の所に記された「十戒」に従がって、聖く生きる事ができるのです。それが新約時代です。

★エレミヤ31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ。――わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす

★Jeremiah 31:33 "But this is the covenant that I will make with the house of Israel after those days, says the Lord: I will put My law in their minds, and write it on their hearts; and I will be their God, and they shall be My people.

父なる神様は現在、成熟してイエス様の身丈に達した真の聖い弟子(祭司・花嫁)を召し、彼らに神の言葉を直接的に霊の所に与えて心に語りかけておられます。

本日は、私たち生ける宮の三段階(体・魂・霊)に於ける、日ごとのマナとしての「パンと御言葉」の意味を学んで行きたいと思います。







(1)体へのパン(マナ)と、体(芽や耳)を通して入る御言葉ロゴス

預言者エレミヤは、飢饉の時代にあって、ケリテ川のほとりで朝に夕に鳥に養われ、貧しい未亡人に養われ、荒野では天使に養われました。

★Ⅰ列王1 Kings17:6 幾羽かの烏が、になると彼のところにパンと肉とを運んで来、また、夕方になるとパンと肉とを運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。

ケリテ川の水が枯れると・・・、

★Ⅰ列王1 Kings17:8 すると、彼に次のような主のことばがあった。17:9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」

207の4
 
カルメル山で偶像と戦って大勝利をした後に命を追われて、死を願うほどに落ち込んだエリヤは、天使に養われ、力づけられて、主の山ホレブの至聖所へと上ってゆきました。

★Ⅰ列王 1 Kings19:5 彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、「起きて、食べなさい。」と言った。19:6 彼は見た。すると、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水のはいったつぼがあった。彼はそれを食べ、そして飲んで、また横になった。 19:7 それから、主の使いがもう一度戻って来て、彼にさわり、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから。」と言った。19:8 そこで、彼は起きて、食べ、そして飲み、この食べ物に力を得て、四十日四十夜、歩いて神の山ホレブに着いた

天の父は、私たちにこの地にあって弱い者である事をご存知で、食べ物、飲むもの、着るものを与えて励まして下さるお方です。

私たち信仰者の生涯を象徴する「荒野の四十年」にあって、イスラエルの民たちは、天から降るマナで養われ、キリストの岩から流れ出た水を飲みました。


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これは、私たちの日々の歩みの中で、目や耳からの御言葉(ロゴス)と、体に必要な食べ物を与えて養って下さるのは、神様の愛と恵みに満ちた霊性(ご性格)の表れです。

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(2)心へのパン(マナ)である御言葉(レイマ)

イエス様は、試練と訓練の荒野を四十年間歩んだイスラエルの民と同じように、御霊に導かれて荒野に入り、断食をして餓え乾いていた時に、サタンに試みを受けました。

★マタイMatthew 4:1 さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。4:2 そして、四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。 4:3 すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」 

私たちはこの世にあって最も大切な食べ物は、体の命を養うパンであると感じていますが、イエス様は、体のパンだけでは本当の意味では生きてはいなく、私たちは御言葉によって生きていける事をはっきりとサタンに言いました。

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私たちの耳から目から入ったロゴスとしての御言葉が、私たちの輝く命となるには、御言葉を聖霊が照らして自分自身に対する意味を教えて下さって「レイマ」となり、永遠の命を与えて下さいます。
 
 
 



(3)キリストの頭部;霊の所にある奥義

エレミヤに告げられた「新しい契約」の本骨頂は、私たち信仰者が他人からではなく、神ご自身から「奥義」を告げ知らされる事です。


★エレミヤ Jeremiah31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ。――わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。31:34 そのようにして、人々はもはや、『主を知れ。』と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。

この実際は、使徒パウロに表れました。最初はイエス様の弟子を迫害していたパウロに、イエス様がダマスコ途上で会ってくださった時に、パウロは弟子達に教えを請わずに、アラビアの荒野に退いて、天から直接に語るべき福音を学びました。

★1コリント1Co2:6-10「しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。」

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★ガラテヤ1:11 私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。1:12 私はそれを人間からは受けなかったし、また教えられもしませんでした。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。

1:15 けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、1:16 異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、 1:17 先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。

1:18 それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。1:19 しかし、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒にはだれにも会いませんでした。

★Galatians1:11-12.15-18  1:11 But I make known to you, brethren, that the gospel which was preached by me is not according to man.1:12 For I neither received it from man, nor was I taught it, but it came through the revelation of Jesus Christ.


この神の深みに及ぶ「奥義」を知らされる事とは、ただの神の民ではなく、本当に神に近付いた信仰者への賜物です。

★エレミヤ33:1 エレミヤがまだ監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような主のことばがあった。33:2 「地を造られた主、それを形造って確立させた主、その名は主である方がこう仰せられる。33:3 わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう

そして、この奥義を知るまで神様に近付く事とは、そしてイエス様の身丈に到達する事とは、真理を教える聖霊の御業です。

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聖霊が私たち信仰者を最も連れて行きたい所とは、「十字架の御許」です。イエス様の十字架上の身丈に迫るとは、私たちの魂の命を十字架に釘付ける事にほかなりません。

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イエス様の頭部である「契約の箱」の中に、「金のマナの壷」は隠されています。

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私たちがイエス様の身丈に到達しないと・・・つまり、自分の魂の垂幕を裂かなくては、キリストの身丈に達せず、隠れたマナを発見する事はありません。肉体が死ななければ霊の体に変えられて天の御国に入れないように、私たちの肉の心も死ななければ、この地に生きていて御国を味わう事は無理です。


 207の20

★コロサイCol 3:1 こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。3:2 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。3:3 あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。3:4 私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます。

私たちは、十字架のキリストの身丈(肉に属する思いを裂いて、イエス様の頭部に達する)をどこまでも求めましょう。

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それでこそ、ガラテヤ2:20に到達して、神の奥義を悟る事ができるのです。常に自分の肉の命と肉の思い(プシュケー)を死なせて垂幕を裂き上を求めていなくては、私たちの人生を通して悟らせようとなさっている奥義を知り得る事はできません。私たちはまだ、現代のパリサイ人のように、世の律法や自分の常識(善悪を知る知識の木の実による判断)で生きている部分が誰にでもあります。 

★ガラテヤGalatians 2:19 私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。 2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。 2:21 私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」

私たちは、再臨の主を迎える大切な時、この新しい契約によってキリスト御自身に生きていただきましょう。決してパリサイ人のように自分の肉の力に頼らならないで、キリストの成し遂げてくださった新しい契約の中で天からのものを切に求めて生きて行きましょう。








 ★花のライン17休憩
2013年2月14日(金)コチラに続きます。「鷲のように」です。本日の真理と深く関係があります。




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