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主の山に登ろう(10)「主の山」の証明②「神の山」


1★十字架のライン
 

ライン15
「再臨前の今の重要な時を生きる私たちと『主の聖なる山』との関係」 

先々週5月2日コチラで、
十字架上のキリストの身丈が「主の山」である事が
示されたいきさつをお話しし、

先週5月9日コチラでは、イザヤとミカが預言した
「終わりの日に主の山に登る」命令が本当であるかを
預言の本を通して、検証しました。

この三冊の本を読んだ後に、K姉から届いた
たった1ページの預言の絵と文を通して
天の父の、私たちに対する高き召命を見てゆきたいと思います。
 








・・・・・(2)「主の山」の証明・・・・
②ジーン・シェン「神の山」より
52の2の2
 
下記の左側が「神の山」の預言の全体です。ファックスで届いた為、画像が見難いので、少し色鉛筆で福田が色を塗りましたが、墨絵のように黒一色の絵でした。

59の13

右は、「神の山」が手元に届く半年ほど前に、M姉妹に描いていただいた「天国への地図(天路歴程)」ですが、ちょうど楕円で囲った「主の山」の位置に相応します。本当に不思議な事です。

預言の言葉を紫色で、御言葉を青で表しましたので、まずは預言の全体をお読み下さい。










 『神の山』 ジーン・シェン  

1999年5月、主は私に山の絵を描くように導かれました。
59の20
主の下さった御言葉はイザヤIsaiah25 章6~8節でした。


★「万軍の主この山の上で万民のために、あぶらの多い肉の宴会、
良いぶどう酒の宴会、髄の多いあぶらみよくこされたぶどう酒宴会を催される。
この山の上で、万民の上をおおっている顔おおい と、
万国の上にかぶさっているおおいを取り除き、永久に死を滅ぼされる。
神である主はすべての顔から涙をぬぐい、
ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。主が語られたのだ。」
 

 59の27中 ★winecupbread

この絵は、花嫁に、主と共にいる為に山に登るようにとの召集です。
主は私たちを呼び集め、私たちも主を求めます。

★「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む
私の望みは神から来るからだ。
神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。
私はゆるがされることはない。」詩篇Psalms 62:5~6 

モーセにされたように、
主は私たちにも山に登って主と共にいるように呼んでおられる。
私たちが山の上で御言葉と御臨在をいただく時、主の言葉が私たちに降りて来ます。
そして山を降り、御言葉をあげます。
主の喜びが私たちの内にあるようになるので、私たちの顔はなんと輝く事でしょう。 
 

 59の17

 山のから、7羽のワシがその巣から飛んでいます。
最初の5羽は、五役者のつとめ(エペソ4:11)教会の秩序が回復される時、
ワシは大いなる自由を持って飛ぶ事ができます。高い所のワシの巣までたどり着いた時、
私たちのある者は、「素晴らしい、私はミニストリーにも関わっており、
主は私を用いて下さって、私は遣わされている。素晴らしい、素晴らしい!」と、言います。
 

 しかし主は、私たちに「ここは、目的地ではありません。
もっと高く登って来なくてはなりません

 516の4

ミニストリーや教会を越えて、岩しかない頂上にまで来なくてはなりません。
木もなく、あなたと私二人以外、誰もいない頂上にまで来なくてはなりません。

二人しかいない所、それがゴールです。「私とだけ一人の所」と言われます。 
 

この花をつけた木々は“希望の門”、
希望がなければ頂上まで登るスタミナがありません。
その希望とは、神様は美しく、すばらしく、
その結果は真実で生き甲斐のある人生を送れると言う希望。
教会、ミニストリー、リバイバル、リニューアルを越えた、ただ神様の偉大さ、
尊厳、美、慈愛、忠実さ、知恵、正義、聖き、栄光、御力への希望
です。

 山の上にいる人は誰でしょう?キリストの花嫁です。
何をしているのでしょう?腹の底から歌っているのです。

 516の2

何を?勝利者の歌です。

 ★「小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。
彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。」
黙示録Revelation12:11。

 彼女はこの歌を歌っています。

その歌は彼女の中から飛び立ち、彼女の全存在を揺り動かし、
山の空気を揺さぶっています。ああ、何という歌でしょう!
 0048gif★
59の16

花嫁は王の美しさを歌い、彼への信頼を歌い、
彼女の今ある状況に留まらず、訴える者の訴えに関わらず歌います

その証は、花婿を喜ばせます
彼女は、死に至るまで、自分の命を愛さなかった者達の一人なのです。















・・・・・(1)主の山の登山口・・・・

この絵は、花嫁に、主と共にいる為に山に登るようにとの召集です。主は私たちを呼び集め、私たちも主を求めます。・・・モーセにされたように、主は私たちにも山に登って主と共にいるように呼んでおられる。 

主が私たちを登るように召集されている登山口とは、聖所(試練と訓練の荒野)の入口です。

ここは、五本の柱の70cm内外と推定される、人が一人やっと入れる幅の聖所の入り口です。旅客機のエコノミークラスの通路を思い描いてみると、大体そんな幅です。

出エジプトの民がエジプトから贖い出され、紅海で洗礼を受けた後に、ここから「試練と訓練の荒野」に入ったように、私たち信仰者も救われて洗礼を受けた後、一生をかけて礼拝を捧げつつ訓練を受ける荒野です。

下記の絵では、②に当り、イエス様が招いた、天国にまで真直ぐに続く十字架(弟子)の道の入口です。

★マタイ Matthew7:13 狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。7:14 いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです

 307の0

このイエス様の御言葉は、私たち信仰者に語ったものです。イエス様のたとえ話に出て来るように、イエス様の十字架の血潮により罪が贖われて神の子となっても、広い道を歩んで天国に入るのなら、天での宴会には招待されず、後悔する結果となり、自分だけでなく、イエス様も悲しませる事となります。

★マタイMatthew25:10用意のできていた娘たちは、彼といっしょに婚礼の祝宴に行き、戸がしめられた。25:11 そのあとで、ほかの娘たちも来て、『ご主人さま、ご主人さま。あけてください。』と言った。25:12 しかし、彼は答えて、『確かなところ、私はあなたがたを知りません。』と言った。

私たちが救われた時、救いの御言葉だけでなく、イエス様が語られた全ての御言葉を本当の事だと信じ、御言葉の通りに自分の十字架を背負って、イエス様の十字架の道だけを歩む人生を送るべきです。弟子の道、十字架の道とは、聖霊に導かれて歩む「花嫁」の道でもあります。

私たちは皆、何度も失敗をして広い道を歩んでしますが、その実を刈り取りつつ、聖霊により頼んで、真の道を見出して行くのが私たちの人生となるべきです。
 
 913の5

広い道も、狭い道も、荒野である事には変わりありません。しかし、荒野で御言葉だけに頼って天を見つめているか、この世と世に付くものを第一として歩んでいるかで、天国での報いに大きな差が出てしまいます。

狭い道と広い道は、第一義的には「弟子」に向かって語られていますが、①の救いの門に関しては、救いの門に入る事自体が「狭き門」です。世の中のあまりに多い人々が、救いの門を見出せずに、滅びに向かっている「広い道」を歩んでいるからです。

 516の5

この人々にイエス様の救いを宣べ伝える大きな使命が、私たちにあります。

もうすぐイエス様が再臨なされる時、この救いの門は永遠に閉じられてしまうので、先に救われた私たちが、モーセのように、主の山の頂上まで招かれているのです。主から直接に御言葉を頂くためです。

私たちが山の上で御言葉と御臨在をいただく時、主の言葉が私たちに降りて来ます。そして山を降り、御言葉をあげます。主の喜びが私たちの内にあるようになるので、私たちの顔はなんと輝く事でしょう。 
 







・・・・・(2)主の山の九合目・・・・

先週のファイナル。クエストでの「主の山」での「ガラテヤ2:20のライン」から、七羽の鷲が飛び立っていました。この地点は主の山の非常に高い地点です。

山のから、7羽のワシがその巣から飛んでいます。最初の5羽は、五役者のつとめ(エペソ4:11)教会の秩序が回復される時、ワシは大いなる自由を持って飛ぶ事ができます。高い所のワシの巣までたどり着いた時、私たちのある者は、「素晴らしい、私はミニストリーにも関わっており、主は私を用いて下さって、私は遣わされている。素晴らしい、素晴らしい!」と、言います。 

しかし、この鷲は、イザヤ書での天高く、天の御座にまで舞い上がる鷲とも、ファイナル・クエストの中での鷲でもありません。まだ、天高く御座にまで舞い上がってはいません。主が望んでおられるのは、主の山の頂上まで到達する事です。

しかし主は、私たちに「ここは、目的地ではありません。 

信仰者としての完成度は非常に高いのですが、キリストの身丈である「ガラテヤ2:20のライン・・・垂幕を裂く」事とは、私たちの「目標」であって、「目的地」ではありません。

天地創造の六日目は「目標;キリストの似姿」であって、七日目が「目的;天の安息」であると、天地が創造される前から定められていたように、父の庭である「天の御座」を体験する事が、最終目的地です。

 516の4

山の頂上がゴールです。私たちも、モーセのように(天と地の)境界線を超えて、頂上である御座にまで登って行きましょう。

モーセは神の民を出エジプトさせて、荒野をカナンの地を目指して連れ登ろうとしました。モーセは、召命を受ける時に至聖所である燃え尽きない芝の中から語られる主の御声を聞き、シナイ山の山頂を至聖所として下りて来られた主の言葉を聞き、十戒を渡され、幕屋の全貌を見させられました。

 207の11

モーセの出エジプトの歴史は、再臨前リバイバルの「型」です。

終末のリバイバルでは、私たちが何を語り、何をすべきかをお聞きするために、先に救われている私たちは全員、モーセのように主の山の頂上を目指して登って行く必要があるのです。
 
 
 





・・・・・(3)主の山の頂上・・・・
(神の定めた人間の最終目的地)

しかし主は、私たちに「ここは、目的地ではありません。もっと高く登って来なくてはなりません。ミニストリーや教会を越えて、岩しかない頂上にまで来なくてはなりません。木もなく、あなたと私二人以外、誰もいない頂上にまで来なくてはなりません。

二人しかいない所、それがゴールです。「私とだけ一人の所」と言われます。 


モーセがたった一人で主の山シナイ山の頂上に登ったように、私たちもたった一人で御座まで高く登り、イエス様と一対一で向き合い、真の礼拝を捧げましょう。

 516の2pg

しかし<主は、私たちに「ここは、目的地ではありません。もっと高く登って来なくてはなりません。ミニストリーや教会を越えて、岩しかない頂上にまで来なくてはなりません。木もなく、・・・

至聖所の材質は「岩」です。聖書全巻を通して、主の山の頂上は岩であり、キリストの幕屋にあっても、私たちの心の奥底には、十字架で裂かれて「私たちを隠す岩」であり、裂け目から命の川の水が湧き出る岩です。

 31生ける宮(3)

私たち生ける宮の「心の奥底;霊」に、キリストの岩である「契約の箱」が象徴的にあり、その裂け目を通して「天からの安息」が流れて来るのです。

私たちが生ける宮であるので、私たちも主の山です。

私たちの霊の所が至聖所で、キリストの身丈を表す「契約の箱」があって、主の山の九合目であたります。真の礼拝を通してもっと高く登って行くのなら、鷲のように舞い上がり、天の御座前での礼拝を捧げるに至るのです。心の奥底に御国があり、岩なる御座があるのです。

 ★円形の栄光
 

※当ブログでは、「キリストの岩」について2013年2月15日コチラからより、11回に渡って詳しく説明しています。一週ごとにお読みになりましたら、最後に次の週に飛べるようになっています。








3ライン 


イエス様が再臨なさる時、裁きの火と共に現れます。そして、私たち一人一人の信仰生涯を裁きます。岩なるイエス様の上に、私たちは信仰の家を建てています。

 31生ける宮(2)

★Ⅰコリント1 Corinthians3:9 私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。

3:10 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。3:11 というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。

3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、 3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。

3:14 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。


 土台の上に


私たちの信仰生涯の中に、「金」が練り出される為に、私たちはイエス様の十字架の道を辿るのです。

★ヨブ23:10 しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。 私は金のように、出て来る。   

★Job23:10 But He knows the way that I take;When He has tested me, I shall come forth as gold. 
 



 20130127020806c48.jpg


3ライン 














ライン10

ヒックス師の素晴らしい預言的メッセージ
「あな​たも成長できる!」が
ネットにて無料で読めます。

特に、最後の方に「主の花嫁」の意味について
終末の今こそ知っておくべき内容が記されています。

コチラから是非、お読みください。

















 ★花のライン17休憩
2014年5月23日(金)コチラに続きます。
本日の続きで、聖書中の「主の山を登った人々」です。


 


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| Ⅴ主の山に登ろう | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2014/05/18 03:19 | |















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