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究極の賛美(2)「優れた賛美を歌う人々」


1★十字架のライン
 

ライン15
「優れた賛美を歌う人々」 

627の5

黙示録には、その信仰と生き方に於いて、キリストの身丈にまで最も高く成長した「最高に御父と御子を喜ばせる賛美」をした十四万四千人の人々の賛美礼拝の様子が書かれています。

★黙示録 Revelation  14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった

本日は、再臨後のあまりにも気高い賛美の様子を見て、私たちの「賛美・礼拝・生き方」を考えて行きたいと思います。




・・・・・(1)七章の賛美「十四万四千人と白い衣の人たち」・・・・

 627ヴ11

★黙示録 Revelation  7:2 また私は見た。もうひとりの御使いが、生ける神の印を持って、日の出るほうから上って来た。彼は、地をも海をもそこなう権威を与えられた四人の御使いたちに、大声で叫んで言った。 7:3 「私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を与えてはいけない。」 7:4 それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて、十四万四千人であった。

黙示録七章と十四章の二箇所に「十四万四千人」の人々が出てきますが、二種類の人々なのか、特に熱心な弟子の集団なのか、ユダヤ人と異邦人の別なのかも、今現在の私たちには知る事ができません。

しかし一つだけ言える事は、ラオデキヤ教会に象徴される熱くもなく冷たくもない信仰者たちではなく、大きな艱難の中で霊魂が聖霊で燃え上がっている人々です。敵なるサタンの獣の印を逃れる時に大きな艱難に遭った事でしょうが、御使いは彼らに神の印を付けました。

下のイラストは、イスラエル十二師団「十四万四千人」の様子です。

 627の10

この特別に信仰が素晴らしい団体の後に、数え切れない程の大群衆である、しゅろの枝を手に持った白き衣の一団の信仰状態が記されていますが、彼らもまた大艱難の中から贖われて来た人々で、「十字架の血で洗われた衣」を着、涙を流し続けていた人々でした。

627の15

★黙示録 Revelation 7:14 「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。 7:15 だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。・・・・・・ 7:17 御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」

私たちの信仰の身丈が高くなればなるほど、永遠の中で天の御座の高さに至るのです。大艱難の中で信仰を守り通し、御座の前に立つ彼らの喜びはいかばかりのものでしょうか?








・・・・・(2)黙示録五章「王座に座る人たちと全被造物による賛美礼拝」・・・・

 627の6

一方で五章には、白き衣の人々が前に立った御座の様子が描かれています。御座の真ん中には、御父と御子の御座があり、その前に四体の聖なる生き物がいて、後ろに二十四人の長老がいます。数え切れない程の御使いがその後ろにいます。

この二十四人の長老は様々な説があるものの、信仰者の中で最も高くキリストの身丈に至った人々と考えられます。イエス様が、試練を耐え忍んだ人間に与える座について、何度も語らているからです。

 627の2

★ルカ Luke 22:27 食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。 22:28 けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです。 22:29 わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。 22:30 それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

★ 黙示録 Revelation 3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。

  ★小羊の御座s

★ 黙示録 Revelation 22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と小羊との御座が都の中にあって、そのしもべたちは神に仕え、22:4 神の御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の名がついている。22:5 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは永遠に王である

私たちが御言葉どおりに生きる時、その報いはとてつもなく素晴らしい地位です。

五章には、全ての被造物が一緒に捧げる天の御座の周りでの賛美礼拝が描かれています。十五章にも私たちが一つになって「モーセの歌」、「小羊の歌」が賛美されるとあります。何と壮大な宇宙一の礼拝でしょうか?

 






・・・・・(3)黙示録十四章「優れた人々の歌う賛美」・・・・

 627の1


しかし十四章には、試練や艱難に耐え、キリストの高き身丈に至った人々の捧げる「新しい賛美」が歌われていて、その賛美は、普通の信仰者も、もちろん幼子の信仰者も理解する事ができませんし、真似をして歌う事もできません。

★黙示録 Revelation  14:1 また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。14:2 私は天からの声を聞いた。大水の音のようで、また、激しい雷鳴のようであった。また、私の聞いたその声は、立琴をひく人々が立琴をかき鳴らしている音のようでもあった。

★黙示録 Revelation 14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。 

 627の3

ここに、私たちが「御座におられる御父と御子」を喜ばせる為に、信仰が成長し、賛美が成長していなければならない理由があります。

★黙示録 Revelation  14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。 14:5 彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。

彼らの賛美に近付く為に、御言葉を見てゆきましょう。



①童貞(処女)・傷のない者

 523の1
 
私たちが何となく思っているよりも、聖められる事は重要な使命ですし、試練の忍耐は、信仰が成長する為の王道です。

★Ⅱコリント 2 Corinthians 11:2 というのも、私は神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っているからです。私はあなたがたを、清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです。 

★エペソ Ephesians 5:27 ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。

★ヤコブ Jude  1:2 私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。 1:3 信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。1:4 その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。

今は、私たちの地域では迫害はありませんが、私たちが御言葉に信頼して小さな試練に耐えてこそ、信仰が成長し、霊魂が聖められ、賛美が神を喜ばせるまでに成長をします。





②小羊の後に付いて行く者

 502弟子の道 - コピー
 
今の時代、私たち終末のラオデキア教会は、最も狡猾なサタンの罠である「ぬるま湯」に慣れ親しみ、「サタンとの最後の戦い」の最中にいる事を忘れがちです。しかし今、「十四万四千人」の信仰を見習って成長を遂げ、私たちの為に大艱難以上の「十字架」を決行して下さった御父と御子を、腹の底からひたすら賛美する者となりましょう。

最も重要な、弟子に対する御言葉に今こそ聞き従いましょう。

★マタイ Matthew 16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

★マタイ Matthew 10:38 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません


★ヨハネ John  12:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます文字色。 12:25 自分のいのち(プシュケー;魂の命・肉の命)を愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのち(輝きに満ち満ちた神の永遠の命)に至るのです。

「体の殉教」は、天で最も高い栄誉を受けますが、先ずは御言葉を信頼して「魂の殉教」をした時に味わう「心に湧き上がる天の御国の喜び」を体験し続けてゆきましょう。

 
 





エンディング


かって、新教徒による十字軍は、キリストの兵士ではなく、サタンの手下としてユダヤ人を虐殺してしまいました。

しかしこれからの時代、私たち異邦人は命をも差し出して人間に仕えて下さったイエス様の愛と謙遜の身丈に達し、命までを差し出して伝道、宣教し、神の長男・長女であるイスラエルの方々に仕えて行きましょう。


旧聖歌300番「進め主イエスの兵士らよ」



① 進め 主イエスの 兵士らよ 見よ十字架は 前に行く
敵に向かいて 進みいる 主に従いて いざ進まん
《折り返し》進め 主イエスの 兵士らよ 見よ 十字架は 前に行く

② たけき昔の 聖徒らが 進みし道を 進むなり
同じ一つの 信条と 愛と望みに 立つ我ら
《折り返し》進め 主イエスの 兵士らよ 見よ 十字架は 前に行く

③ 起こりし国も 滅び行き 栄えし民も 忘れらる
ただ主の国の 勢いは 黄泉(よみ)の力も 裂くをえじ
《折り返し》進め 主イエスの 兵士らよ 見よ 十字架は 前に行く

④ 我らと共に 世の人よ 勝ち歌高く 叫びつつ
「ほまれと栄え 権力は 王なるイエスに あれ」と言わん
《折り返し》進め 主イエスの 兵士らよ 見よ 十字架は 前に行く
 
 


3ライン 










 ★花のライン17休憩
2014年7月4日(金)コチラに続きます。


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| | 2014/07/02 05:34 | |















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