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究極の賛美(3)「神の与えた自由意志と賛美の関係」


1★十字架のライン
 

ライン15
「神の与えた自由意志と賛美の関係」 

先週と先々週で、①「全ての被造物と神の民が捧げる賛美礼拝」コチラと、②「キリストの高き身丈に迫った信仰者の捧げる高きレベルの賛美礼拝」コチラの二種類の賛美礼拝がある事を学びました。

天の父の最大の喜びは何でしょうか?

その一つは間違いなく、①「全ての被造物と神の民が捧げる賛美礼拝」です。

下記のイラストの右側、「救いの門」をくぐり、イエス様を救い主として信じた「主の山を登り始めたばかり人」も含めた全ての神の民と、天の聖なる生き物や御使いたち、そして霊はないけれども全ての動物等の被造物による宇宙最大の賛美礼拝です。

 74の2

しかし、最も天の父の霊魂が喜びで輝く時は、私たち信仰者の中に聖霊として宿った霊による②「キリストの高き身丈に迫った信仰者の捧げる高きレベルの賛美礼拝」です。

上記のイラストの左側、キリストの身丈に至って成長し、主の山の頂上で、腹の底から賛美を捧げる信仰者です。先週の十四万四千人の、御座にいる神と長老と生き物以外には誰も理解できない気高い賛美を捧げた人たちの賛美で、個人(の集合)の賛美の最高峰です。

※この個人の賛美の最高峰については、山の頂上の主の花嫁の招集に関しては、コチラをも是非ご覧下さい。


 

 
 
 



・・・・・(1)神の与えた自由意志と賛美の関係・・・・

この二種類の素晴らしい賛美を受ける事を最高の喜びとする、天地万物を創造された神は、その為に大きなリスクを覚悟して、全ての被造物に自由意志を与えました。

人を作り、その心の奥底までを知り得る神は、ロボットのように義務だから真心も入れずに行う表面的な礼拝を見て、満足なさるような鈍感なお方ではありません。

礼拝者が神を中心から愛し、何にも優って神との交わりを求める、火のように燃え上がる礼拝の時を持つ為に、自由意志を与えました。

しかし、エデンの園で生まれたアダムとエバは罪を犯して地に降ろされ、そこで生まれた人類は、その自由意志で罪や汚れに走って自分の欲望を満たし・・・、神を愛し、敬い、感謝し、真心からの礼拝を捧げる人間は殆どいませんでした。

 74の4

そこで神は怒り、人を造った事を後悔し、全ての造られたものをこの地上から消し去ろうとされました。

★創世記 Genesis 6:5 主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。6:6 それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。 6:7 そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」

 74の3

そこで神は、神の心にかなうノアを選び、大洪水で全ての生き物を消し去る計画を告げ、方舟を作ってその中に入るように命じられました。

 74の7

ノアとノアの家族の計八人、そして全ての動物を一つがいと、聖い動物七つがいとが、方舟に入った時に大洪水が始まり、地球は完全に水に覆われてしまいました。

水が引いた時、方舟はアララテ山の山頂に着き、そこでノアの一家と動物達は、天の御座で再臨後に行われる神の民と全ての被造物による賛美礼拝を象徴的に行いました。

 523の6

神はそこで、「虹の契約」・・・どんなに人が罪・汚れを犯しても、これからは決して水で全ての生き物を消し去る事はないと、約束の言葉を語られました。

神は、私たち人間の心までも造られた方です。

その行動の動機までをも見通されているお方が、この時から今に至るまで・・・・、創造主を知らない人々の偶像礼拝も、また御言葉を信じている人々であってもおざなりな表面的礼拝をも、この世を一番に思って神と神の国とを第一に求めない信仰者や、人間の作り出した律法の細目に守る事で自己を義としているパリサイ人のような信仰生活をも見て、「皆、すぐにでも滅ぼしてしまいたい!」激情をずっと忍耐されておられるのです。

私たち神の民と、全被造物との礼拝を持つ素晴らしい日を夢見て!!!






・・・・・(2)イエス様の贖いは誰のため?・・・・

その切なる御父の夢をかなえようとされたのが、御子イエス様でした。

イエス様は、愛する父が地上を見下ろし、放蕩息子のように自分の道をさ迷って罪の道にどんどん進んで行く様を見ては悲しみ、悔い改めて戻ってくる息子・娘を喜んでいる姿を御使いと共に天国で見ていて、父の為に人々の罪を贖って神の民とし、礼拝者としようと十字架にかかって下さいました。

※永遠から永遠の中で、時を超越して生きている三位一体の神は、天地創造の前から、自由意志を与える事、罪を犯すであろう事、罪のない神しかそれを贖う事はできない事は把握しておられたと、私;福田は推測しています。

 31一粒の麦キリスト
 
黙示録五章の御座の前での礼拝では、下記の新しい歌が歌われています。御子イエス様は、天の父の為に、私たちの罪を贖って神の民とされる為に十字架を選択したのだとの歌詞を、聖なる四つの生き物と、二十四人の長老が賛美しています。

 ★小羊の御座s

★黙示録 Revelation 5:9「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、 5:10 私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」

ここにも、全ての被造物物による賛美礼拝の「あらゆる部族や国語の神の民」の存在と、神に特別に喜ばれるキリストの身丈までに成長している「祭司」の存在がはっきりと記されています。

キリストの身丈に成長していて、その賛美が特別に喜ばれる信仰者は、ある時は旧約の「神の僕」であり、「十四万四千人」であり、ある時は「しみもしわもない聖なる花嫁」であり、自分の魂の命を捨てて、自分の十字架を負ってイエス様の跡にだけ従う「真の弟子」であり、御父を愛して父の御心を祈る「忠実な祭司」です。

 1108の18

総称して「レムナント(残りの民)」と言い、その定義は次の御言葉です。

★イザヤ Isaiah  10:20 その日になると、イスラエルの残りの者、ヤコブの家ののがれた者は、もう再び、自分を打つ者にたよらず、イスラエルの聖なる方、主に、まことをもって、たよる。 10:21 残りの者、ヤコブの残りの者は、力ある神に立ち返る。 10:22 たとい、あなたの民イスラエルが海辺の砂のようであっても、その中の残りの者だけが立ち返る。

創世記以来、神は海の砂のように、空の星のように神の民が増えても、「主と主の言葉だけに信頼する、キリストの心を持つ者」をずっと残して来ました。

アダムの息子二人のうちアベルを、エノクを、ノアを、アブラハムを、イサクを、ヤコブを、ヨセフを、モーセを、ダビデを、ダニエルを・・・、新約時代でも、マルタとマリヤ姉妹のうち、マリヤの中に「主と主の言葉に頼る心」を残してきました。

虫けらのように小さく罪に汚れ、弱く無価値な私たちを愛して下さり、その霊の交わりを最上の喜びとして、十字架の大艱難を決行して下さった御父と御子に感謝し、私たちも自分からレムナントとして生きる献身を決断しましょう。





 


・・・・・(3)私たちの賛美は?・・・・

私たちもまた、世界中に多くのクリスチャンが存在する中で、どんな時にも「主と主の言葉」にだけ信頼を置く、真の信仰者と成長し、天の父の喜びとなり、人生を通して心の底からの賛美を捧げましょう。

イエス様は、御父を喜ばせたいが為に、十字架で殉教なさいました。そして、私たちレムナント候補に向かって・・・・最も大切な命令をしました。

★マタイ Matthew 7:13 狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。7:14 いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

★ルカ Luke  9:23 イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。9:24 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。
★ルカ Luke 14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません

★ヨハネ John 12:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。 12:25 自分の(魂の)いのちを愛する者はそれを失い、この世でその(魂の)いのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。


私たちは、父を喜ばせたいと願って、十字架で死んで下さったイエス様を見習い、そのイエス様の身幅だけの十字架の細く真直ぐな道を、生きている限り、ずっと付いてゆきましょう。

★黙示録14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く

聖書の中には、たくさんの薦めと良い報いと悪い報いが記されており、全てが真実です。

しかし、私たちはイエス様が弟子達に命じた上記の三つの「十字架の道」の御言葉を尊重しなければ、意味がありません。旧約聖書マラキ書には、十一献金の薦めがあり、その約束は真実です。

★マラキ Malachi  3:10 十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。――万軍の主は仰せられる。――わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。 3:11 わたしはあなたがたのために、いなごをしかって、あなたがたの土地の産物を滅ぼさないようにし、畑のぶどうの木が不作とならないようにする。――万軍の主は仰せられる。――


人間にとって、この世での生活で経済が守られる事は最も切なる願いです。その経済の面に於いて、十一献金が信仰者の生涯の経済(必要以上の贅沢ではなく、満ち足りて欠ける事のない生活)が保証され、天に於いて豊かな報いも受けます。

しかし、私たちが神様が御言葉を守る時に与えられる豊かな報いを経済面で体験的に知ってこそ、最も大切な御言葉を守るようにとのメッセージが隠されている事に気づかなければなりません。

イエス様こそ、永遠から永遠の中で、最も何が素晴らしい永遠での報いを受けるかをよく知っておられたので、「十字架の道、魂と体の殉教」を、愛する弟子である私たちに勧めているのです。

どうかパリサイ人のように、自分の基準での善行に満足して傲慢にならず・・・、日々肉の思いを十字架に付けて魂の殉教を遂げ、弟子の道を歩み続けてイエス様の謙遜の身丈に達し、最も神の御座の近くまで高く引き上げられて、最上の賛美を主に捧げる私たちとなりますように・・・・。



 
 


エンディング

御父と御子は、私たちの捧げる真の賛美礼拝を最上の喜びとし、その為に自由意志を与えたがために、十字架と言うリスクを負ってくださいました。

御座の前の礼拝では、その十字架を背負って下さった御子と、その一人息子の苦しみを見ているほうがよほど辛いのを忍耐し、決断して下さった御とに、神の民、御使い、聖なる生き物、全ての被造物が賛美を捧げます。

★黙示録 Revelation 5:11 また私は見た。私は、御座と生き物と長老たちとの回りに、多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍であった。5:12 彼らは大声で言った。「ほふられた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です。」 5:13 また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」 5:14 また、四つの生き物はアーメンと言い、長老たちはひれ伏して拝んだ。

私たちは天の御座を取り囲んで、十字架への感謝と復活の勝利、その二つによって輝きを増した栄光を褒め称える以外の賛美を歌う事はあり得ません。ですから、今の世にあっても、御父と御子の十字架の忍耐への感謝、神の輝かしい栄光を、常に賛美の中心としましょう。


レムナントの賛美「望みはただ主の 血と義にあるのみ」(旧聖歌236番)
 

1.のぞみはただ主の 血と義にあるのみ
いかでか他のもの 頼りとなすべき

(*折り返し)イエスこそ岩なれ
堅固なる岩なれ、ほかは砂地なり

2.みかおを見ぬ日も めぐみの手はあり
なみかぜなにかは いかりのあるみに。(*)

3.みちかいたのめば 大水もおそれじ、
ものみなき消ゆとも のぞみは主にあり (*)

4.ラッパの音ひびく日 義のきぬまといて
おそれずみまえに この身は立つをえん (*)



★詩篇 Psalms
62:5 私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む
私の望みは神から来るからだ。
62:6 神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。
私はゆるがされることはない。
62:7 私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。
私の力の岩と避け所は、神のうちにある。
62:8 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ
あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。
神は、われらの避け所である




※聖書の中で、常に主の山の頂上は岩場であり、そこは至聖所です。

十字架上の「キリストの幕屋」から見る時、
イエス様の頭部には岩のように硬い「契約の箱」があり、
その蓋の隙間から、天からの栄光が差し込んで来ます。

私たち生ける宮は、心が聖所であり、霊の所が至聖所であって、
その真ん中には象徴的に「契約の箱」である「キリストの岩」があります。

その蓋の、二体のケルビムの隙間から、
天の御座の下から流れ出る「命の水の川」が流れて来ます。
その冷たく、美味しい、飲むと永遠に生きる命の水を、
私たちは、自分の砕かれ裂かれた魂を管として
この世に流して行くのです。

74の5


3ライン 










 ★花のライン17休憩

2014年7月11日(金)コチラに続きます。
賛美と、正反対になる言動①「不平・不満」についてです。


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