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(3)「心の奥底から湧き上がる泉」

私たちの心の奥底にある「霊の所」に聖霊様が住むと、そこは、私たちを生かす「水」が噴水のように湧き上がって来る「心の泉」、「心の井戸」となります。

湧き水

イエス様は、この「生かす水」を私たちに飲ませて「永遠の命」を与える為に、クリスマスの夜、地上に降りて来ました。

しかし・・・・・、
希望に満ちているはずの中学生や高校生世代がいじめなどで、
また、収入が減ってローン完済の見通しが難しくなり、
家族を一生の長い間とても養えないと絶望した一家のご主人、
倒産した会社の社長さん・・・が、
ひとり寂しく自殺を選択せざるを得ない現代にあって、

「永遠の命」が単なる「永遠の寿命」であれば、
イエス様の与えようとされている「永遠の命」は却(かえ)って負担と感じるのではないでしょうか。



そのような希望も、愛も、喜びも、生きがいも、経済的基盤も…、枯渇してしまって苦しんでいる人間に対して、イエス様が天国から持って来た「永遠の命」とは・・・、

圧倒的な愛・歓喜とも言える喜び・平安・安心・根拠のある希望・聖さ・驚く程の正しさ・天国の膨大な富・・・に満ちた「栄光に輝く神の永遠の命」です。


イエス様からのプレゼント



ユダヤの祭りの最終日にイエス様は、この「栄光に輝く神の永遠の命」が川となって、私たちの心に湧き上がって来るという重要なメッセージを、全人類に向かって大声で叫ばれました。 

★イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハネによる福音書7:37)

イエス様は、「栄光に輝く神の永遠の命」を「生ける水の川」と表現して、私たちの心の奥底である霊の所から流れ出て来て、私たちの心を豊かに満たして永遠に至ると言っています。

★「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちでとなり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」(ヨハネによる福音書 4:14 )





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その生ける水の川は何処から流れて来ているのか、何処に源泉があるのかを、しっかりと把握したいと思います。

御言葉に従がってイメージを描いた信仰の先輩たちの絵を参考に、命の水の川の流れを上流に向かって御言葉で辿って行きましょう。


①天の都の門

まず、命の川は「天の都(天国)」から流れて来ます。天国には十二の門(入口)があります。天の都は正立方体ですので、東西南北それぞれに、三つづつ門があります。そして、東の門が(おそらく中央)、私たち人間の側に向いて大きく開かれています。(エデンの園・幕屋・神殿…も東側に門がある)

★都には大きな高い城壁と十二の門があって、それらの門には十二人の御使いがおり、イスラエルの子らの十二部族の名が書いてあった。東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。(黙示録21:12-13)


命の水の川1



tnm.png



②真珠の門扉

12の門の一つ一つは、一粒の大きな真珠で出来ていました。
★ 十二の門は十二の真珠であった。どの門もそれぞれ一つの真珠からできていた。(黙示録21:21)

この大きな一粒の真珠はイエス様を象徴しています。

イエス様がこの地での生涯の中で、苦難に苦難を、患難に患難を重ねて練り上げられた品性がてり(輝き)を増し、私たち全人類の為に真の希望を生み出して下さったからです。

★患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性(練達)を生み出し、練られた品性(練達)が希望を生み出す(ローマ人への手紙5:3)

★この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ人への手紙5:5)


命の水の川2


この絶対的な希望によって、「イエス様が成し遂げた御業(御言葉の教え・祈り・信仰と行動の見本・御父への従順・十字架・復活…)だけを辿って、私たちは天国に入ります。私たちの天国への道は、そして天国に入る門はイエス様だけです。このイエス様を表す真珠の門以外を通っては、誰も天の御国に入る事はできません。

★イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネによる福音書14:6)

★「わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。」(ヨハネによる福音書10:9)




tnm.png



③命の水の川

東の真珠の門扉を開けると、その中央の大通りの真ん中には一本の川が流れて来ています。それは、聖書の最後の書「黙示録」のそのまた最後の章に記されている「水晶のように光る命の水の川」です。

★御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。示録 22:1 -2)


命の水の川3



私たちが、この世での生涯を終えて天国に行った時には、この水晶のように光る命の水の川から直接、美味しい命の水が飲めるのです。


tnm.png



④命の木
 
命の水の川をよく見ると、立派な木が川の両岸に生えています。

★御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって・・・(黙示録 22:1 -2)

この木は、「命の木」です。

命の水の川4



tnm.png


⑤命の木の実・葉

もっと命の水の川に近付いて、木の様子を見てみましょう。

★川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。(黙示録 22:2)

この命の木には、十二種の実が絶える事なく、毎月毎月豊かに実ります。きっと、それぞれの木に毎月美しい花が咲いている事でしょう。

命の水の川が水晶のように光り輝くほどに美しかったように、この木も私たちの想像を超えて素晴らしく、その実は私たちがこの世で味わうどんなご馳走よりもはるかに美味しい事でしょう。そしてその葉もまた、見るだけで心が癒されるほどの美しさであるに違いありません。

この葉が、そよ風にそよそよと揺れたら、それを見る私たちの心はどれ程までに心地よく、幸せな事でしょうか。

命の水の川5


さて、とうとう命の川の水源が見えて来ました。

ここには神のお住まいになる御座があって、天の都の中央にあると推測されます。
(※これから当ブログで順を追って説明をしてゆきますが、天の都は、モーセの幕屋の至聖所に相当し、その真ん中に御座を象徴する契約の箱が置かれているからです。)


tnm.png



⑥神の御座

御座についておられるのは、天の父です。
十字架で使命を果たされて復活した御子イエス様は、その右の座に着かれました。

黙示録四章には、この御座とその周りの様子が記されています。

★見よ。天に一つの御座があり、その御座に着いている方があり、その方は、碧玉や赤めのうのように見え、その御座の回りには、緑玉のように見える虹があった。

また、御座の回りに二十四の座があった。これらの座には、白い衣を着て、金の冠を頭にかぶった二十四人の長老たちがすわっていた。・・・彼ら(四つの生き物)は、昼も夜も絶え間なく叫び続けた。

「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られる方。」また、これらの生き物が、永遠に生きておられる、

御座に着いている方に、栄光、誉れ、感謝をささげるとき、二十四人の長老は御座に着いている方の御前にひれ伏して、永遠に生きておられる方を拝み、自分の冠を御座の前に投げ出して言った。

「主よ。われらの神よ。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。あなたは万物を創造し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」(黙示録4:2-4.8-11)



命の水の川



黙示録五章には、この御座を取り巻いている全ての被造物が、天の父と御子イエス様(小羊)に賛美と礼拝を捧げている様子が記されています。

★また私は見た。私は、御座と生き物と長老たちとの回りに、多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍であった。

彼らは大声で言った。「ほふられた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です。」また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。

「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」また、四つの生き物はアーメンと言い、長老たちはひれ伏して拝んだ。(黙示録5:11-14)


この御座の所が源泉で、天の父と御子の座の下から「栄光に輝く神の永遠の命」が聖霊の水として溢れ出て「生ける水の川」となって私たちの心の奥底から泉のように湧き上がり、心の中へと流れて来ます。

tnm.png


⑦私たちの心の中の川・木・実・葉

今日は、私たちの心の奥底である霊の所に湧き上がる川が、天の都の、神の御座から流れ出て来る事を見てきました。

この生ける水とは「聖霊(御霊)」の事で、イエス様が「栄光」を受けた時に初めて、天の水門が私たちに向けて開かれました。つい、この二千年間足らずの最近の事で、旧約時代の四千年間、一般の信仰者がいくら望んでも体験できなかった、十字架以後の時代に生きる私たち信仰者の特権です。

★これ(命の水の川が心の奥底から流れ出す事)は、イエスを信じる者がになってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。(ヨハネによる福音書7:39)

イエス様が私たちを愛するが故に十字架で血を流し、命を捨てて私たち人類の「贖罪」を果たしたが故に、天の父が御自分の御座の右に着座させ、栄光で輝かせられたのです。
※この御言葉を叫んだ時には、まだ十字架前でしたから、弟子達を含む信仰者たちに聖霊は注がれていませんでした。

イエス様の十字架の功績により、私たちの砂漠のように荒れ果てた心に天の川が流れて来ると、私たちの心の砂漠には天国の川の両岸と同じように立派な命の木が育ち、美しい花をつけ、美味しい実がなり、癒しの葉が青々と茂るようになるのです。

命の水の川9


★荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのようにを咲かせる。盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。レバノンの栄光と、カルメルやシャロンの威光をこれに賜わるので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。(イザヤ35:1-2)

この御言葉を読むと、今は天国にいる私の母のある日の様子を思い出します。

長年の間、国を失って放浪していたイスラエルの民が、聖書の約束通りに1948年に建国し、人々が世界各国から戻って来て、十年ほど経った頃の事でしょうか。テレビのニュースのトピックスの中で、イスラエルのエルサレム近郊の広大な砂漠のいたる所に多くのスプリングクーラーが設置され、砂漠はすっかり緑化されている場面が紹介されていました。

見渡す限り木が生え、畑に青々と野菜が実り、美しい花が咲き乱れている映像を見た母は、大声で家族を呼んで、「早く見てごらん。イスラエルの砂漠に花が咲いているよ、聖書の御言葉の通りだね!!!」と言って、喜んでいました。

イエス様は、私たちの心の砂漠にも花を咲かせるために、天から聖霊の川を流しておられます。

イエス様が祭りの最後の日に叫ばれた言葉も、私たちの心の中で実現するのを見て、「聖書の御言葉の通りだね!」と、互いに喜び合いたいと思います。

バラ

私たちがする事は、心の土を熱心に掘って、天国からの水脈を見つける事です。私たちの心が乾く時、貧しい時、孤独な時、悲しい時、それは「真の希望」への始まりです。

ですから、イエス様はこの世に来て、最初の最上の教えのメッセージの冒頭で言いました。

★「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。」(マタイによる福音書5:3 )

そして熱心に求める時、自分の心の奥底に天国を見出します。

★ バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められています。そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。(マタイによる福音書11:12)








3ライン



うつ症状で苦しんでいる方は、おられますか?

クリスチャンでも、風邪をひいたり、
癌になったりするのと同じように
心の中に希望の光が見出せなくなる時があります。

一度神さまを信じても、それが揺れ動く感情の土台の上にではなく、
自分のしっかりとした意志で神様を信じる必要があるからです。

また逆に、知識だけで神様を知り、
意志だけで神様を信じている信仰者が、
この世に生きていてなお、天の御国を体験する為です。

そんな時にこそ、天からの水を切に求めましょう。



聖書の中の信仰の先輩達は皆
天国からの生ける命の水を求めて
心の荒野で必死で神さまを求めました。

下記は、そんな信仰の達人が書いた詩です。

環境も、心の中も、非常に厳しい時の正直な祈りと
・・・・・・・
祈りの答えである「信仰の確信」です。


★「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。
私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。
いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。

・・・・・・・・・・

わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。
なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。
私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」
(詩篇42:1-2.11)


鹿のように



この詩が、美しい賛美となっています。 


鹿のように/As the Deer
 
カリフォルニア・コスタメサにある
オレンジコースト・フリーメソジスト教会
英語部と日本語部の合同礼拝での賛美です。

日本語と英語で、一緒に賛美なされてはいかがでしょうか。
画面の下に、歌詞があります。



(日本語)
谷川の流れを慕う 鹿のように
主よ、我が魂 あなたを慕う
あなたこそ我が盾 あなたこそ我が力
あなたこそ我が望み 我は主を仰ぐ

(Japanese, Roman character)
Tani-gawa no nagare wo shitau, shika no yoni,
Shu yo, waga tamashii, anata wo shitau.
Anata koso waga tate, Anata koso waga chikara,
Anata koso waga nozomi, ware wa Shu wo aogu.

(英語)
As the deer panteth for the water
So my soul longth after Thee
You alone are my heart's desire
And I long to worship Thee
Chorus:
You alone are my strength, my shield
To you alone may my spirit yield
You alone are my heart's desire
And I long to worship Thee








エンディング






★花のライン17休憩
2013年1月25日(金)コチラに続きます。
「エデンの東」についてです。少し長いで重要な真理をまとめました。
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| Ⅰ生ける宮(霊・魂・体) | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















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