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天国への地図(4)幕屋(三)パンの机[1]「体の命のパン」


本日から、幕屋の中の「聖所」の部分を学びます。

幕屋は、東側の大きな門から入ると、「庭」があり、
四枚の幕で屋根のように覆われている
「聖所」と「至聖所」に分かれた建物が西側にあります。

下図の右奥にある建物部分の、
手前の2/3を占める長方体の部屋が「聖所」です。


517の1

その奥の部屋「至聖所」へは、年に一度大祭司だけが入るだけなので
実際には、旧約時代の祭司達は聖所で礼拝を毎日捧げていました。

517の2

本日は、「聖所」の中の「パンの机」の意味を見
聖書中の麦とパンが象徴する真理を深く探り、
私たちの信仰生活に生かして行きたいと思いますが・・、

・・・この「パンの机」も、「燭台」も、「香の壇」も別のものではなく
毎日の礼拝の中でどれも欠かせず、
私たち生ける宮の聖所である、心の中の礼拝堂に於いて
命のある限り、毎日毎日捧げる礼拝の必須の三要素です。

 419の3対応

大まかには「庭」⇒「聖所」⇒「至聖所」の順に進行してゆきますが、
天地創造の進み方が一日づつ進んだのに対して、
「聖所」の中の三つの器具は、「礼拝の三要素」として
日々の礼拝の中で、渾然一体となっています。

祭司が毎日捧げる礼拝の、この三つの器具が表す三要素・・・
①御言葉(パンの机)、②聖霊(燭台)、③祈りと賛美(香の壇)とは、
私たちの捧げる「日々の礼拝」にとって、素晴らしい模範となります。

 517の3

なぜなら、十字架以後に救われた私たちクリスチャンは、
ルターが言うまでもなく全員が祭司であるから(べき)です。

※「万人祭司」につきましては、天国への地図(6)幕屋の器具の五番目「香の壇」で詳しく説明します。




ライン15
(1)「体の命の糧(パン)」

天の父はその愛の故に、全ての人間や全ての被造物の命の為に太陽を上らせ、雨を降らせて、食生活を支えておられます。

★マタイ5:45 天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にもを降らせてくださる・・・ 

しかし、神の民、神と神の言葉を本心より信頼する信仰者には、奇跡をもって食を満たして下さいます。本日は、神の民と信仰者に与えられた、三つの食の奇跡を見てみましょう。



《1.荒野の民に日ごとのマナ(パン)》

出エジプトをした神の民に、神様はその日一日分のマナ(パン)を天から降らせました。

Gathering_manna_26-120.jpg

この天からのパンは「マナ」と名付けられ、白くて甘かったそうです。荒野を旅する四十年間、天から朝ごとに降って来ました。

★ 16:31 イスラエルの家は、それをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。

人々は毎日、朝ごとに一人が一日分だけ集めるように命令されました。
※労働をしないで礼拝に専念する安息日の前日だけは、二日分のマナを集める事ができました。

★出エジプト16:4 主はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにする。民は外に出て、毎日、一日分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを、試みるためである。16:5 六日目に、彼らが持って来た物をととのえる場合、日ごとに集める分の二倍とする。」

イエス様は山上で、弟子と群集に「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」(マタイ6:11)と祈るように、弟子と群集に教えた事と一致します。

私たちは、一日一日、神様に自分の必要を訴え、そしてその日の分だけを受け取って生きる事が、神と共に歩む信仰者の生き方だと、新約聖書も旧約聖書も語っています。

また、その日にその日の分だけを集めると言う労働は、次の教えにも共通しています。

★マタイ 6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのもの(何を食べるか、何を飲むか、何を着るか)はすべて与えられます。 6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

聖書は、私たちがその日その日を神と共に歩んでいれば、そして一日分の労働だけを誠実に行えば、明日の事も、将来の事も思い煩う必要がないと言っています。




《2.鳥とやもめと天使に養われたエリヤ》

★ヤコブ5:17 エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。5:18 そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました

エリヤは、その大飢饉の時に神様の言葉に従ってケリテ川に住み、朝夕に鳥が運んで来る肉とパンで養われました。飲み水を得ていたケリテ川が枯れると、御言葉に従って貧しい寡婦の家に住み、尽きない油と粉で養われました。

 45エリヤの食物

★Ⅰ列王17:5彼(エリヤ)はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。17:6 幾羽かの烏が、になると彼のところにパンと肉とを運んで来、また、夕方になるとパンと肉とを運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。17:7 しかし、しばらくすると、その川がかれた。その地方に雨が降らなかったからである。

★Ⅰ列王17:8 すると、彼に次のような主のことばがあった。 17:9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」

エリヤはその後、カルメル山で偶像に仕える八百人を超える預言者と対決して大勝利を収めましたが、命を狙われた時、死を願うほどまでに落ち込み、荒野に逃げ込みました。荒野の中で、天使に「石で焼いたパン菓子」と「壷の水」で養われ、力付けられました。

 天使が養う

★Ⅰ列王19:4 彼(エリヤ)は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言った。「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。」19:5 彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、「起きて、食べなさい。」と言った。19:6 彼は見た。すると、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水のはいったつぼがあった。彼はそれを食べ、そして飲んで、また横になった。19:7 それから、主の使いがもう一度戻って来て、彼にさわり、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから。」と言った。19:8 そこで、彼は起きて、食べ、そして飲み、この食べ物に力を得て、四十日四十夜、歩いて神の山ホレブに着いた。

人間が荒野で試みに遭い・・・、飢饉で体の命の危機となる時・・・、それは、神様が「御言葉」に従うかを試しておられる時です。

★出エジプト16:4 主はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにする。民は外に出て、毎日、一日分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを、試みるためである。」

荒野の民は、食べる物、飲む水に不足した時、不平不満をこぼしてこの「試験」に不合格となりました。
しかしエリヤは、働きの最初の段階から常に神様からの命令を守って「試験」に合格し、この四十日の荒野の後にホレブの岩を至聖所として現れる神の細き声を聞きました。

荒野の民は、エジプトでの10の災いから守られ、紅海で驚くべき奇跡を見、臨在の雲に昼も夜も導かれ、キリストの岩から水を飲み、天から降ってくるマナ(パン)で養われても不平不満を言い、神の言葉に逆らい続けました。私たちは、この荒野の民を反面教師として学ばなければなりません。

★申命記29:2 モーセは、イスラエルのすべてを呼び寄せて言った。あなたがたは、エジプトの地で、パロと、そのすべての家臣たちと、その全土とに対して、主があなたがたの目の前でなさった事を、ことごとく見た。29:3 あなたが、自分の目で見たあの大きな試み、それは大きなしるしと不思議であった。29:4 しかし、主は今日に至るまで、あなたがたに、悟る心と、見る目と、聞く耳を、下さらなかった。29:5 私は、四十年の間、あなたがたに荒野を行かせたが、あなたがたが身に着けている着物はすり切れず、その足のくつもすり切れなかった

反対にエリヤは、鳥に、貧しいやもめに、そして天使に養われたと言う奇跡の食生活を体験しましたが、偶像礼拝をするアハブ王に対して恐れる事なく、信仰に堅く立ち、神の導く言葉に従順に従いました。

ツァレファテのやもめも、エリヤと親交のあった主を恐れる人オバデヤも、エリヤに向かって「あなたの神、主は生きておられます。」と言いました。エリヤ自身も信仰に立って告白しています。

★ Ⅰ列王18:15 エリヤは言った。「私が仕えている万軍の主は生きておられます。

今の時代の私たち日本の教会も、「主は今生きておられる。我が内におられる。」と賛美をしています。しかし、下記の御言葉のエルサレムを日本として読んだ時・・・・、

★エレミヤ5:1 エルサレムのちまたを行き巡り、さあ、見て知るがよい。その広場で捜して、だれか公義を行ない、真実を求める者を見つけたら、わたしはエルサレムを赦そう。5:2 たとい彼らが、「主は生きておられる。」と言っても、実は、彼らは偽って誓っている のだ。

私たち先に救われたクリスチャンが、エリヤのように神の言葉に従い、本当に神が奇跡的に食物を与えて下さる方だと本心から信じて、御言葉に忠実に生きているのでなければ、これから起こる再臨前の天変地異の飢饉の時に、世の人々の衣・食・水の必要を満たし、彼らを天の御国にまで守り導く事は出来ません。





《3.男だけで五千人を養ったイエス様》

イエス様もまた、ご自分について来た群集の食べ物の必要を満たしました。

 011509cda-painting.jpg

★マタイ14:19 イエスは、群衆に命じて草の上にすわらせ、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福し、パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った。14:20 人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいあった。14:21 食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。

愛の故に行われた事ですが、奇跡的な方法で食を満たす事は、神様の御力を現すためでもあります。
否、もう既に天地万物を造り、地から産物を得させて、神を礼拝していない人々の心と体をも満たしておられる事自体、神様が存在している証拠です。

★使徒14:16 過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むことを許しておられました。14:17「(神は)ご自身のことをあかし しないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださった のです。」

昔の聖書が完成していない時代ならまだしも、私たちの時代は、新約聖書も旧約聖書も完成しており、御言葉の研究も進み、メディアを通して多くのメッセージがなされており、何よりもイエス様が天国への道を示され、聖霊がその道を照らしている中で、神様の偉大さを信じなくては弁解の余地がないと言う事です。

★ローマ1:20 神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。 






エンディング 


天の父から見ると私たち人間の信仰は、歯痒く感じられる程に、
本当に足りないものなのですね。

本日は、同じ人間でありながら御言葉に従って数々の大きな奇跡を体験した
エリヤに注目をし、見習う者となりたいとの願いを与えられたいと思います。

なぜなら、これからの再臨前大リバイバルの時、
私たちクリスチャンには聖霊が大きく注がれ、
男だけで五千人を養ったイエス様と同じように、否、
それ以上に大きな働きをする使命があるからです。

★ヨハネ14:12 まことに、まことに、あなたがたに告げます。
わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、
またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。
わたしが父のもとに行くからです。


★パンと魚の奇跡

イエス様が天に帰り、
御父が天より降して下さった助けぬし聖霊が、
私たちに使命を果たす力を与えて下さいます。




「主は今生きておられる」の原詩が素晴らしいので
日本語訳のついた英語の賛美をご覧下さい。
最後の方に、日本語での賛美があります。

私たちの心の真実を込めて、真心より賛美しましょう。

♪主は今生きておられる.Because He Lives♪



3ライン 
 



 ★花のライン17休憩
2013年5月24日(金)コチラに続きます。
パンの机[2]「心(霊魂)の為のパン」 
・・・私たちの霊魂が、神と共に永遠に生きる為のパン・・・についてです。

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