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天国への地図(4)幕屋四燭台⑪「使命を与えられた信仰者ヨセフの生涯(幕屋)」






1★十字架のライン



先週まで、信徒代表ヤコブの「主を激しく求めた生涯」を見てきました。

★詩篇24:6 神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブ


反対に主を切に求めないラオデキア教会員を表す兄エサウ
その信仰の中に主を知る知識の宝を得る事はなく
最後の裁きの火を通った時には、全ての行いが焼き尽くされ
身一つで天の御国に入り、弟ヤコブに仕える側になった事でしょう。

しかし、そのヤコブが高い地位になった場面は創世記には書かれていません。
黙示録に、記されています。

★黙示録 2:26 勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、
諸国の民を支配する権威を与えよう。 


主を激しく求めて勝利を得、諸国を支配する権威が執行される様子は、
ヨセフの生涯を通して、描かれています。


結果的に、神からの役割の中でこの世で華々しい結果を見たヨセフですが…、

…私たちが、地上に於いてどのような使命をあたえられていようとも
ヤコブのように苦しみのみが多い人生であっても…、
人間の目から見て、この世に於ける華々しい結果を出す役割であっても…、
そうでなくても…、
私たち信仰者は先ず「主を切に求めて生きる事」、これが最重要です。

★マタイ6:33 神の国とそのとをまず第一に求めなさい。
★アモス5:4 まことには、イスラエルの家にこう仰せられる。「わたしを求めて生きよ。」

この、神さまからの最重要命令
天で与えられる栄誉が私たちの目標である事とを念頭にしっかり置いて、
ヨセフの生涯(幕屋)を見て行きましょう。
 





ライン15
「使命を与えられた信仰者ヨセフの生涯(幕屋)」 

ヨセフの生涯は、どの信仰者の生涯よりも、イエス様の生涯を表しています。

※この真理を余す所なく言い尽くしているのが、
Westwood,Tom 著「ヨセフ」(伝道出版社)です。
以前、この小冊子は190円で販売されていましたが、今は絶版となっています。
キリスト教の本中心の図書館などに行った際は、目を通される事をお薦めします。


だからこそ、イエス様の生涯の幕屋の順序に、ピッタリと当てはまります。
下記を見ていただくと、幕屋の三部分と、出エジプトの歴史、アブラハムの生涯(幕屋)、
そしてイエス様の生涯(幕屋)が一致している事がわかります。
主を切に求めて生きる信仰者は、自分勝手に人生を歩んでいるようであっても、
必ず聖霊に導かれて、幕屋の順に、イエス様の足跡を辿っているのです。

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・・・・・(1)「ヨセフの幕屋の庭時代」・・・・

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ヨセフは、信仰者の家庭に生まれ、17才になるまでヤコブの家に兄弟と暮らしていました。ヨセフの「幕屋の庭時代」は17年間です。

※イエス様は、30才になるまで「幕屋の庭時代」で、信仰者の家庭で生まれて育ち、30才で公生涯に入られました。モーセは乳母の役目の実母から植えつけられてア信仰を持ちつつ王宮で王子として過ごして、試練と訓練の荒野に入るまでの40年間が、「幕屋の庭時代」です。

父のヤコブには二人の妻がいましたが、ヤコブの愛するラケルにはなかなか子供が出来なくて、やっと11男として誕生したラケルの長男ヨセフをヤコブは溺愛しました。

★創世記 37:3 イスラエル(ヤコブ)は、彼の息子たちのだれよりもヨセフを愛していた。それはヨセフが彼の年寄り子であったからである。それで彼はヨセフに、そでつきの長服を作ってやっていた

小さい頃は、父のヤコブに偏愛された上、それに乗じて兄達の悪口を父に伝え、予言的な夢を見てそれを兄達に伝えた為、腹違いの兄達に憎まれていました。

★創世記37:2-4「これはヤコブの歴史である。ヨセフは十七歳のとき、彼の兄たちと羊の群れを飼っていた。・・・彼はまだ手伝いで、父の妻ビルハの子らやジルパの子らといっしょにいた。ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた。イスラエルは、彼の息子たちのだれよりもヨセフを愛していた。それはヨセフが彼の年寄り子であったからである。それで彼はヨセフに、そでつきの長服を作ってやっていた。彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。」

※私たちは、クリスチャンとなっても、また小さい時から教会に通っていても、子供の頃、若い頃は、まだ神の訓練が始まっておらず、それぞれが幼い信仰者であるので、妬んだり、恨んだり、それぞれ自分の心の赴くままに、喧嘩をします。
★Ⅰコリント3:1-3 「さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。」  

ヨセフが、兄たちに言って余計に憎まれるようなった二つの夢です。

★創 37:5+9 あるとき、ヨセフはを見て、それを兄たちに告げた。すると彼らは、ますます彼を憎むようになった。ヨセフは彼らに言った。「どうか私の見たこの夢を聞いてください。見ると、私たちは畑で束をたばねていました。すると突然、私の束が立ち上がり、しかもまっすぐに立っているのです。見ると、あなたがたの束が回りに来て、私の束におじぎをしました。」 兄たちは彼に言った。「おまえは私たちを治める王になろうとするのか。私たちを支配しようとでも言うのか。」こうして彼らは、夢のことや、ことばのことで、彼をますます憎むようになった。ヨセフはまた、ほかの夢を見て、それを兄たちに話した。彼は、「また、私は夢を見ましたよ。見ると、太陽と月と十一の星が私を伏し拝んでいるのです。」と言った。
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・・・・・(2)「ヨセフの狭き門」・・・・

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この話の後に、父やコブは野で羊の世話をしている兄たちの様子を見させる為に、ヨセフを野に遣わしました。ところが、ドタンで彼らに追いついたヨセフを見て、兄たちは彼を殺す事にしました。

★創37:18-20 彼らは、ヨセフが彼らの近くに来ないうちに、はるかかなたに、彼を見て、彼を殺そうとたくらんだ。彼らは互いに言った。「見ろ。あの夢見る者がやって来る。さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」

しかし、長男のルベンはヨセフを後から助けようと、穴の中に入れる事にしました。兄たちがヨセフの袖つき長服を剥ぎ取り、穴に入れました。しかし三男のユダもヨセフを殺す事に反対し、近くをエジプトに向かっているイシュマエル人の隊商が見えたので、奴隷としてヨセフを売ろうと言う事になりました。

 




・・・・・(3)「ヨセフの荒野①奴隷」・・・・

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あのミデヤン人はエジプトで、パロの廷臣、その侍従長ポティファルにヨセフを奴隷として売りました。

★創 39:1 ヨセフがエジプトへ連れて行かれたとき、パロの廷臣で侍従長のポティファルというひとりのエジプト人が、ヨセフをそこに連れて下って来たイシュマエル人の手からヨセフを買い取った。39:2 主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。39:3 彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。39:4 それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた

人間の中で最も身分の低い、家畜同然の奴隷となったヨセフは、主が共におられたのでなすことが皆栄え、主人の好意を得て、全財産を任されるまでになります。

・・・今の時代、主の僕を育てている多くの神学校などで、主の僕の陥りやすい三つの欲に注意するように教えています。天の父もまた、将来大きな富と権力を委ねるヨセフに対して、徹底的にこの三点を訓練をしました。

①名誉欲

ヨセフは子供時代、12人の息子達の中で特別扱いされて優越感にひたっていましたが、今となっては奴隷の身分となり、その葛藤の中で聖霊に正しい認識を教え導かれた事でしょう。

②金銭欲

奴隷の身分であって財産を任されたとは、どれほどに気を遣って金銭を管理した事でしょう。

③男女関係の欲

しかし、この男女関係に関する潔癖さは、自分の側の聖さだけでは危険である事を、ヨセフはいやと言うほど学ぶ事となりました。

ポティファルの妻に誘惑されて逃げた所、上着を証拠にヨセフの側が誘惑した事にされ、冤罪で監獄に入れられてしまいました。

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・・・・・(4)「ヨセフの荒野②囚人」・・・・

この件に関しては全くの無実の罪でしたから、ヨセフは最後まで納得をする事はできなかったでしょう。しかし、奴隷であった時も、監獄にいた時も『彼と共におられた』(創39:2,23)主の御霊は、彼の心の想いの中でも共におられ、この問題に関する悟りを導かれたのではないでしょうか。

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いくら囚人の管理と、監獄内の全ての管理を任せられていたとは言え、捕らわれの身のせつなさから物思いにふける時、遠い日の兄達の仕打ちもさる事ながら、奴隷の身分であった自分が、長い年月、全力を注いで勝ち得た信用を一瞬で失わせた、人妻の自分本位の情欲の恐ろしさを始終思い出し、こう肝に銘じたのに違いありません。

『自分はこの先、牢を出る事があったら、異性に対しては充分に気をつけよう。絶対に誤解されるような状況にならないようにしよう。部屋の中などで、結婚相手以外の女性と2人きりになるような事態には決してなるまい。』と。

神は、当時世界一の富と膨大な食料の備蓄と、それら全てを自由にできる権力をヨセフ1人に集中させる計画があったので、女性問題に関しても徹底的に備えさせる為、ポティファルの妻との事件を通して、ヨセフを訓練したのではないでしょうか。

特にヨセフは、体格も良く、美男子であったという事ですし、頭も良かった事でしょう。その上、神が共におられてなす事みな栄えていたのですし、将来大きな権威をあたえられたら、よほど注意深く生活しなければならない事を体験的に学ばせたのでしょう。

★創39:6ヨセフは体格も良く、美男子であった。





・・・・・(5)「ヨセフの荒野②最も苦しい期間(28才から二年間)」・・・・
夜明け前の漆黒の闇・・・神に頼らず、人に頼った結果の苦しみ

ヨセフに最も辛い時期が訪れました。それは、監獄内でパロの廷臣である二人の囚人に夢の解き明かしをした所、その内の一人献酌官長がヨセフの預言通りに釈放されたので、彼にパロ王に自分の無実を訴えて欲しいと頼みました。

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★創40:14「あなたがしあわせになった時には、きっと私を思い出してください。私に恵みを施してください。私のことをパロに話してください。この家から私が出られるようにしてください。実は私は、ヘブル人の国から、さらわれて来たのです。ここでも私は投獄されるようなことは何もしていないのです。」

神に信頼しきれず、神の時を待てず、パロの献酌官長に頼った!

天地万物を造られた創造主に頼らず、被造物に過ぎない人間に望みを置く事は、神の統治と力を侮り、私たちを愛して最善を準備なさっておられる良き神を信じない事になります。

★イザヤ2:22「 鼻で息をする人間をたよりにするな。そんな者に、何の値うちがあろうか。」

献酌官長がパロ王に自分の事を話してくれ、釈放されるのは今か今かと待ちわびていたヨセフの失望は、どれ程までにヨセフを苦しませた事でしょうか。結局、献酌官長はヨセフの頼みをすっかり忘れていました。

★創40:23 ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった   

天の父が私たち信仰者に望む事は、創世記の時代にあっても、再臨の日を迎えようとしている今も、主と主の言葉に信頼する事です。

★イザヤ10:20その日になると、イスラエルの残りの者、ヤコブの家ののがれた者は、・・・イスラエルの聖なる方、主に、まことをもって、たよる。  





・・・・・(6)「ヨセフの垂幕を裂く時(30才)」・・・・

それから二年後、神の定めた時(カイロス)がやってきました。

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パロ王が、「太った七頭の牛と、それを食べてしまったやせ細った七頭の牛」の夢を見、その解き明かしを求めている時、例の献酌官長がヨセフの事を思い出し、王にその事を告げました。

★創1:14 そこで、パロは使いをやってヨセフを呼び寄せたので、人々は急いで彼を地下牢から連れ出した。彼はひげをそり、着物を着替えてから、パロの前に出た。

そこで、質問をしました。これは、ある預言者は、神からの「荒野卒業試験」だと言いました。

★創41:15 パロはヨセフに言った。「私は夢を見たが、それを解き明かす者がいない。あなたについて言われていることを聞いた。あなたは夢を聞いて、それを解き明かすということだが。」 

そして下記の答えで、ヨセフは神様からの「試練と訓練の荒野の卒業試験」に合格しました。

★創41:16 ヨセフはパロに答えて言った。「私ではありません神がパロの繁栄を知らせてくださるのです。」  

体格が良く、美男子であり、夢を解き明かすと言う特別な賜物があり、頭も良かったヨセフは、父ヤコブに溺愛された自信もあって、一方ならぬ自意識がありました。しかし、パロに質問された時、「自分ではない、神がなさる」と、完全に傲慢が消え、謙遜な人となっていました。
 
 
 




・・・・・(7)「ヨセフの至聖所①」・・・・

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ヨセフは、パロ王に幻を解き明かし、七年の豊作と、七年の飢饉がある事を告げると、その対策を委ねられてエジプトの№2として権威を与えられ、全てを任された宰相となりました。ヨセフが厳し荒野を体験して「使命達成」の段階に入った瞬間です。御霊が常に伴って下さり、ここまで導いて下さいました。

ヨセフは、17才より13年間の試練と訓練の荒野(聖所)を通り抜け、自我の垂幕を裂いて、イエス様が使命を果たした所である「至聖所」に入りました。

幕屋の六番目の器具「契約の箱」は、イエス様の身丈を表し、十字架と復活によって使命を果たした位置を示し、その身丈に、使命達成に私たちが至れるようにと、天地創造の六日目に、神(御子)の形に私たちは創造されました。

・・・また、至聖所とは神の御国を表していますが、それを出エジプトの目的地カナンの地が象徴しています。神はホレブの岩で、燃え尽きない芝の中から、モーセに出エジプトの目的地カナンを紹介して言いました。

★ 3:7 主は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。3:8 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。」

至聖所とは、ヨセフが暗い地下牢の囚人の立場から、外の広く自由な所に出されて自由人となった事で、心と体が開放された事です。

★イザヤ 61:1 神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、

しかし、ヨセフはまだ心の奥底に傷があって、完全には開放されてはいませんでした。エジプトで宰相になってまだ、心が完全には御国の安息には入っていませんでした。結婚して息子が生まれましたが、名前にその心の奥底の苦しみが出ています。

★創 41:50 ききんの年の来る前に、ヨセフにふたりの子どもが生まれた。これらはオンの祭司ポティ・フェラの娘アセナテが産んだのである。41:51 ヨセフは長子をマナセと名づけた。「神が私のすべての労苦と私の父の全家とを忘れさせた。」からである 41:52 また、二番目の子をエフライムと名づけた。「神が私の苦しみの地で私を実り多い者とされた。」からである。

また、ヨセフの兄たち10人が飢饉の為にエジプトに食料を買いに来た時、素直に身分を明かさず、小さな嫌がらせをしました。しかし、それが癒される日がやって来ました。

幕屋の契約の箱本体(六つ目の器具・天地創造の六日目)は、十字架の使命を果たし、復活されたイエス様を表します。同じくヨセフはこの時点で、自我を十字架に付け、墓から蘇られたイエス様のように、地下牢(41:13)から広い地に心も体も開放され、エジプトの宰相となる使命を果たしました。

しかしまだ、至聖所の二段階目(天地創造の七日目)、贖いの蓋の隙間に天から来る、父の給う安息・平安・慰め・摂理を知る・・・段階には至っていませんでした。
 
 
 




・・・・・(8)「ヨセフの至聖所②」・・・・

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ヨセフは、兄たちや愛する弟ベニヤミンを前にして、激情を抑える事ができなくなり、隣の宮殿にまで聞こえる程の大声で泣き、心のわだかまりが消えました。心に神が給う、天地創造の七日目「御国の安息」が、幕屋の器具の七つ目の贖いの蓋のケルビムの間から来る「天から来る慰め」が訪れました。

★創45:1 ヨセフは、そばに立っているすべての人の前で、自分を制することができなくなって、「みなを、私のところから出しなさい。」と叫んだ。ヨセフが兄弟たちに自分のことを明かしたとき、彼のそばに立っている者はだれもいなかった。45:2 しかし、ヨセフが声をあげて泣いたので、エジプト人はそれを聞き、パロの家の者もそれを聞いた

そして、自分自身で頭では理解していても、心の中では納得できていなかった「自分が先にエジプトに遣わされたのは「神の御計画」だと、心の底から兄たちに告げました。

★45:3 ヨセフは兄弟たちに言った。「私はヨセフです。父上はお元気ですか。」兄弟たちはヨセフを前にして驚きのあまり、答えることができなかった。 45:4 ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか私に近寄ってください。」彼らが近寄ると、ヨセフは言った。「私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。45:5 今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです

この後、会いたかった父やコブと再会し、ゴシェンに住まわせ、この世での安息を味わい、死んでからはミイラとして、天の御国を象徴するカナンの地に、モーセたちの出エジプトの時に帰りました。

 

本当に神様は、天地創造の以前から、全ての重要な真理を「天地創造の七日間」と「幕屋の七つの器具」で表し、その順序が「イエス様の身幅だけの細く真直ぐな十字架の道」を辿る事となります。

私たちが、人生の道に迷った時にこの真理に当てはめて、自分が「天路歴程(天国への地図)」の何処にいるのか、そして何をすれば良いのかを、御霊の助けにより御言葉を照らしていただき、その時々に知る事ができます。






エンディング


本日は、ヤコブの「主を切に求める信仰」を受けついだヨセフの生涯を見て来ました。ヨセフは、「勝利を得る者」に与えられる来るべき世界での「支配者」を象徴しています。先ほどよりも一節多く御言葉を見て行きましょう。

★黙示録 2:26 勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。2:27 彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。

ヨセフが勝利を得た所とは、試練と訓練の荒野を忍耐して、最後に「ではありません」と、自我の垂幕を裂いた所です。

ヨセフは、この27節の御言葉そのままに、飢饉の時に民を養うに当たり、厳しく治めています。

★創 47:13 ききんが非常に激しかったので、全地に食物がなく、エジプトの地もカナンの地もききんのために衰え果てた。47:14 それで、ヨセフはエジプトの地とカナンの地にあったすべての銀を集めた。それは人々が買った穀物の代金であるが、ヨセフはその銀をパロの家に納めた

★47:15 エジプトの地とカナンの地に銀が尽きたとき、エジプト人がみなヨセフのところに来て言った。「私たちに食物を下さい。銀が尽きたからといって、どうして私たちがあなたさまの前に死んでよいでしょう。」47:16 ヨセフは言った。「あなたがたの家畜をよこしなさい。銀が尽きたのなら、家畜と引き替えに与えよう。」47:17 彼らがヨセフのところに家畜を引いて来たので、ヨセフは馬、羊の群れ、牛の群れ、およびろばと引き替えに、食物を彼らに与えた。こうして彼はその年、すべての家畜と引き替えた食物で彼らを切り抜けさせた。

★47:18 やがてその年も終わり、次の年、人々はまたヨセフのところに来て言った。「私たちはあなたさまに何も隠しません。私たちの銀も尽き、家畜の群れもあなたさまのものになったので、私たちのからだと農地のほかには、あなたさまの前に何も残っていません。 47:19 私たちはどうして農地といっしょにあなたさまの前で死んでよいでしょう。食物と引き替えに私たちと私たちの農地とを買い取ってください。私たちは農地といっしょにパロの奴隷となりましょう。どうか種を下さい。そうすれば私たちは生きて、死なないでしょう。そして、土地も荒れないでしょう。」47:20 それでヨセフはエジプトの全農地を、パロのために買い取った。ききんがエジプト人にきびしかったので、彼らがみな、その畑地を売ったからである。こうしてその土地はパロのものとなった

★47:23 ヨセフは民に言った。「私は、今、あなたがたとあなたがたの土地を買い取って、パロのものとしたのだから。さあ、ここにあなたがたへの種がある。これを地に蒔かなければならない。 47:24 収穫の時になったら、その五分の一はパロに納め、五分の四はあなたがたのものとし、畑の種のため、またあなたがたの食糧のため、またあなたがたの家族の者のため、またあなたがたの幼い子どもたちの食糧としなければならない。」47:25 すると彼らは言った。「あなたさまは私たちを生かしてくださいました。私たちは、あなたのお恵みをいただいてパロの奴隷となりましょう。」


ヨセフの統治は、愛を貫き、義を全うする厳しさがありました。そして最終的には、王の恵みに応えて、民が自ら「王の奴隷(神の僕)」として献身を表明します。

しかし、神の愛と義を貫くと言っても、権威を授けられた勝利を得た人々は、天に於いて暴虐な「鉄の杖による支配」をするわけではありません。


韓国のO教会のR牧師が、多くの人々は下記の御言葉を誤解していると語りました。

★マルコ10:44 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。 10:45 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」


牧師が語るに、「私たちは自分が支配者になる為に、仕える段階を我慢して通るのだと誤解しているが、『へりくだって僕として仕える事そのものが、この世にあっては私たちの完成形であり、最終目的である」と。

全ての人に仕える立場が、すなわち最も位の高い王なのだと。

そして、神の国では仕える事と治める事とは同じ事であると・・・。

それが、王としてこの世に来、僕としてご自分の命までを捧げて、全ての人間の僕になって下さったイエス様の私たちに対する模範です。

★ピリピ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました

私たちは、この完成形「へりくだって神と人とに仕える僕の姿」を目指して、この世での心の旅路を歩んで行きましょう。

3ライン 






 ★花のライン17休憩
2013年10月18日(金)(コチラ)に続きます。「ユダの生涯(幕屋)」についてです。
 
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