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天国への地図(4)幕屋四燭台⑫「王権を得たユダの生涯(幕屋)」



1★十字架のライン 

ヨセフは、三位一体の第二格(№2)であるイエス様の雛形として相応しく、
当時のエジプトのパロ王の№2となりました。

しかし、ヨセフは永遠の中で「長子の権」を取得しましたが、
最も重要な「王権」を得たのはヤコブの四男ユダでした。

ヤコブの12人の息子の中で、神様の目から見て最も出世したのはユダでした。

ユダの人生には失敗が多く、ヨセフよりもパッとしない生涯であったのに、
どうして王権を得たのでしょうか?

また、ユダの生涯に於ける神さまからの一番の使命は何だったのでしょうか?




 

ライン15
「王権を得たユダの生涯(幕屋)」 



・・・ユダ誕生の背景・・・ 

その昔
ヤコブが母リベカと結託して、父イサクを騙して長子の祝福を祈ってもらったので
兄エサウは怒り、弟を殺そうとしたので、
ヤコブは故郷を離れて母リベカの故郷へ旅立ちました。

父イサクは、エサウの現地人の嫁たちに悩まされている妻リベカの様子を見て、
ヤコブにリベカの兄ララバンの娘の中から結婚相手を選ぶように勧めました。

ヤコブがラバンの家に近付いた時、彼の二人娘の妹ラケルと出会い、
恋に落ち、彼女との結婚を望みます。

しかし、ヤコブやリベカと同じ策略家のラバンは、目の弱い姉のレアの将来を案じて、
ヤコブを騙してレアを先に結婚させ、二人の姉妹は共にヤコブと結婚する事となります。

 1018の0

ヤコブがあまりにラケルだけを愛す様を見て、心を痛めるレアを神様が憐れみ、
ラケルの胎を閉じ、レアの胎を開いて、先ず次々と男の子が四人生まれました。
その四男がユダです。

姉レアと妹ラケル、そしてそれぞれの女奴隷の計四人による出産バトルが、
息子達も巻き込んで始まりました。

このような複雑な家庭環境で、ヤコブの子供たちは育ちました。






・・・・・(1)ユダの幕屋の庭(子供)時代・・・・

 1011の21

しかし、ヤコブの最愛の妻ラケルに長男のヨセフが、11番目の息子として生まれた時、この兄弟たちの確執は激化してしまいます。

ヤコブはヨセフを特別に袖付きの長服を与える程に人目もはばからずに溺愛し、しかもそれに乗じてヨセフは兄たちの悪口を父に伝えたので、兄たちは穏やかにヨセフと話が出来ないほど、彼を憎みました。

ヨセフが17才になった時、夢で兄たちが自分に仕える夢を見、それを彼らに伝えたのでヨセフは殺されかけ、ユダの発案で、ちょうど現れたイシュマエル人の商人に奴隷として売られ、ヨセフはエジプトで試練と訓練の苦しい荒野に入ります。





・・・・・(2)荒野の入口・・・・

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ヨセフが、彼の荒野(聖所)への狭き門に入ってエジプトに行き、奴隷として彼の荒野生活が始まった頃、ユダは一人、自ら荒野に出て行きました。

★創 38:1 そのころ(ミデヤン人はエジプトで、パロの廷臣、その侍従長ポティファルにヨセフを売った)のことであった。ユダは兄弟たちから離れて下って行き、その名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。

試練と訓練の荒野へ、自らの自由意思でふらふらと入って行ったのは、アブラハム一族では、ユダしかいませんでした。

★イザヤ 53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。

信仰者が試練と訓練の荒野(聖所)に入るきっかけ(狭き門)はそれぞれです。しかし、主の真の僕は必ず荒野(試練と訓練、そして日々の熱き礼拝堂である聖所)に、狭き門より入ります。

弟ヨセフ(下図下段左)は、エジプト(奴隷と囚人)と言う荒野に強制連行され・・・、
父ヤコブ(上段右)は、兄を騙して殺される事を恐れて荒野に逃げ・・・、
子孫のモーセ(上図右)もまた、エジプト兵を殺して命を狙われ、追われるようにしてミディアンの荒野に一人寂しく向かいました。

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祖々父のアブラハム(上図上段左)と祖母のリベカ(上段中)だけが、召命(求婚)により、その神の言葉と聖霊の導きに従順に従って、荒野に入りました。

イエス様(下段右)も私たちの道となる為に、洗礼を受けた直後に天から降った御霊に導かれて荒野に入りました、

その道を辿る信仰者の生涯を象徴する出エジプトの民(下段中)は、紅海で洗礼を受けた後、そこまで導いてきた御霊の柱に導かれて、本格的に試練と訓練の荒野に、天の御国を象徴するカナンを目指して入りました。

神の僕にとって、荒野(聖所)に入る入り口は狭き門(聖所の入口五本の柱の間)であり、大抵の信仰者は、自分の失敗や、足りなさ、罪から、仕方なく入って行くのです。自分の自由意志で入ったとしても、御霊はそこで試練を通して僕を訓練します。ユダはその試練と訓練の荒野で結婚をし、三人の男の子に恵まれました。

★創世記38:2-5 そこでユダは、あるカナン人で、その名をシュアという人の娘を見そめ、彼女をめとって彼女のところにはいった。彼女はみごもり、男の子を産んだ。彼はその子をエルと名づけた。彼女はまたみごもって、男の子を産み、その子をオナンと名づけた。彼女はさらにまた男の子を産み、その子をシェラと名づけた。





・・・・・(3)試練と訓練の荒野(聖所)時代・・・・

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しかし、ユダが他の信仰者と違って、試練と訓練の荒野に召命によって入らなくても、強制連行でなくても、罪と失敗から仕方なく入ったわけでなくても・・・、自分の自由意志で入ったとは言え、全てをあい働かせて益とする神は、彼の人生を御霊によって導いて下さいました。

★ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

ユダは、この三人の息子を通して、創世記に記されている限りにおいては、他の歴代の信仰者や、ヤコブの息子たち12人の兄弟の内の誰よりも辛い経験、誰も味合わなかった恥ずかしい体験をする事になります。先ず、長男のエルが神に殺されました。

★創38:6 ユダは、その長子エルタマルという妻を迎えた。38:7 しかしユダの長子エルは主を怒らせていたので、主は彼を殺した

エルにまだ子供がいなかったので、次男から子供を得ようとしましたが、次男のオナンはそれを拒否し、神を怒らせて殺されました。ここまで聖書は、あからさまな事実(恥)を書き残しているので、私たちは聖書の記述が真実である事を信じる事ができます。

★創38:8 それでユダはオナンに言った。「あなたは兄嫁(※タマル)のところにはいり、義弟としての務めを果たしなさい。そしてあなたの兄のために子孫を起こすようにしなさい。」38:9 しかしオナンは、その生まれる子が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないために、兄嫁のところにはいると、地に流していた。38:10 彼のしたことは主を怒らせたので、主は彼をも殺した

そこでユダは、まだ小さい三男が成人するまで、長男エルの妻タマルを里に帰しました。三人の息子の内の長男、次男を失ったユダの悲しみと、神に対する恐れは、どれ程であった事でしょうか?

★創 38:11 そこでユダは、嫁のタマルに、「わが子シェラ(※三男)が成人するまで、あなたの父の家でやもめのままでいなさい。」と言った。それはシェラもまた、兄たちのように死ぬといけないと思ったからである。タマルは父の家に行き、そこに住むようになった。

ユダは三男までが不従順をして神に殺されたくなかったので、タマルを戻す気はありませんでした。しかし、ユダの妻が死んだと知った時、タマルは娼婦に変装し、舅のユダから直接に子種を得る作戦を実行しました。

 Vernet_Judah_Tamar2.jpg

★創38:13 そのとき、タマルに、「ご覧。あなたのしゅうとが羊の毛を切るためにティムナに上って来ていますよ。」と告げる者があった。38:14 それでタマルは、やもめの服を脱ぎ、ベールをかぶり、着替えをして、ティムナへの道にあるエナイムの入口にすわっていた。それはシェラが成人したのに、自分がその妻にされないのを知っていたからである。38:15 ユダは、彼女を見たとき、彼女が顔をおおっていたので遊女だと思い、38:16 道ばたの彼女のところに行き、「さあ、あなたのところにはいろう。」と言った。彼はその女が自分の嫁だとは知らなかったからである

その際、証拠となる品を要求していたタマルは、無事に双子の息子を出産します。、

★創 38:24 約三か月して、ユダに、「あなたの嫁のタマルが売春をし、そのうえ、お聞きください、その売春によってみごもっているのです。」と告げる者があった。そこでユダは言った。「あの女を引き出して、焼き殺せ。38:25 彼女が引き出されたとき、彼女はしゅうとのところに使いをやり、「これらの品々の持ち主によって、私はみごもったのです。」と言わせた。そしてまた彼女は言った。「これらの印形とひもと杖とが、だれのものかをお調べください。」38:26 ユダはこれを見定めて言った。「あの女は私よりも正しい。私が彼女を、わが子シェラに与えなかったことによるものだ。」こうして彼は再び彼女を知ろうとはしなかった。38:27 彼女の出産の時になると、なんと、ふたごがその胎内にいた。

エサウとヤコブの双子の弟ヤコブを主が愛したように…、
ヤコブが死ぬ間際、ヨセフの二人の息子の弟の方を祝福したようrに…、
タマルの産んだ双子は、弟のぺレツ(パレツ)が『アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図』に名を連ねています。

★マタイ 1:3 ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ、

しかし、ヨセフを奴隷商人に売り飛ばし、その長服を動物の血に染めて父ヤコブを騙して絶望的な悲しみに追い込み、結婚生活では息子の教育に失敗し、至らなさに満ち、家庭に罪と汚れが溢れ、恥にまみれ、悲しみと苦しみばかりのユダの人生の荒野は、まだまだ続きます。

いったい何時、ユダはこの荒野から開放されるのでしょうか?
いったい何時、ユダは失敗だらけの自分が、尊い王家の血筋に属していると、知り得るのでしょうか?

この後にユダは父ヤコブの家に戻り、他の兄弟の家族と共に、「飢饉」と言う荒野を歩む事となります。





・・・・・(4)垂幕期・・・・

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ユダの「垂幕」にあたる、自分の肉の思いを裂いた時とは、いつでしょうか?それは、飢饉の時に訪れました。

42章の時、エジプトで、7年の豊作が終わり、次の七年の飢饉が、世界中に、そしてカナンの地にも訪れていました。ユダはいつの間にかカナンの父の元に戻っていたので、ヨセフ以外の兄弟は勢ぞろいしていました。

一度、ヨセフの兄たち10人は、エジプトに食料を買い出しに行きました。ヨセフと知らずに会った宰相から、次回は末の弟を連れて来るように言われて戻って来ます。

兄弟たちは、最愛の妻ラケルとのもう一人の息子ベニヤミンを、ヨセフに続いて失う事を恐れていたヤコブを説得する事が出来なかったので、エジプトに買出しに行けず、飢饉に苦しんでいました。

しかし食料が底を付いた時に、ユダは、自分を差し出して、ヤコブを説得しました。

★創世記43:8-9 ユダは父イスラエルに言った。「あの子を私といっしょにやらせてください。私たちは出かけて行きます。そうすれば、あなたも私たちも、そして私たちの子どもたちも生きながらえて死なないでしょう。私自身が彼の保証人となります。私に責任を負わせてください。万一、彼をあなたのもとに連れ戻さず、あなたの前に彼を立たせなかったら、私は一生あなたに対して罪ある者となります。」

エジプトに買い出しに行ったものの、案の定、ヨセフはベニヤミンを奴隷としてエジプトに残すと言いました。その時、自分の息子二人を失って、二度までも息子を失う父の心を知っていたユダは、自分が身代わりとなって奴隷になるので、ベニヤミンを父の元に帰すように、ヨセフに言います。

★創世記44:30-34「私が今、あなたのしもべである私の父のもとへ帰ったとき、あの子が私たちといっしょにいなかったら、父のいのちは彼のいのちにかかっているのですから、あの子がいないのを見たら、父は死んでしまうでしょう。そして、僕どもが、あなたの僕である白髪頭の私たちの父を、悲しみながら、よみに下らせることになります。というのは、この僕は私の父に、『もし私があの子をあなたのところに連れ戻さなかったら、私は永久にあなたに対して罪ある者となります。』と言って、あの子の保証をしているのです。ですから、どうか今、この僕を、あの子の代わりに、あなたさまの奴隷としてとどめ、あの子を兄弟たちと帰らせてください。あの子が私といっしょでなくて、どうして私は父のところへ帰れましょう。私の父に起こるわざわいを見たくありません。」









・・・・・(5)至聖所時代①・・・・

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その時、ヨセフの心が動きました。先週も読んだ箇所もありますが、ユダと他の兄弟の立場から、もう一度読んでみましょう。

★創世記45:1-8 ヨセフは、そばに立っているすべての人の前で、自分を制することができなくなって、「みなを、私のところから出しなさい。」と叫んだ。ヨセフが兄弟たちに自分のことを明かしたとき、彼のそばに立っている者はだれもいなかった。しかし、ヨセフが声をあげて泣いたので、エジプト人はそれを聞き、パロの家の者もそれを聞いた。ヨセフは兄弟たちに言った。「私はヨセフです。父上はお元気ですか。」兄弟たちはヨセフを前にして驚きのあまり、答えることができなかった。ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか私に近寄ってください。」彼らが近寄ると、ヨセフは言った。

私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。この二年の間、国中にききんがあったが、まだあと五年は耕すことも刈り入れることもないでしょう。それで神は私をあなたがたより先にお遣わしになりました。それは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによってあなたがたを生きながらえさせるためだったのです。だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。神は私をパロには父とし、その全家の主とし、またエジプト全土の統治者とされたのです。」


エジプトの宰相がヨセフだったと知り、兄弟達はどんなに驚いたでしょうか。昔ヨセフを売った事で、長年いつ罰が下されるかと恐れていた兄たちは、今こそ仕返しをされるかと脅えました。

しかしヨセフは兄たちに、一族を生き永らえさせるために先に自分がエジプトに遣わされた事を告げ、これからも続く世界規模の飢饉の中で、父と兄弟の一族をエジプトに住まわせ、養う事を約束します。何と言う、突然の祝福の訪れでしょうか。

★45:9-11 「それで、あなたがたは急いで父上のところに上って行き、言ってください。『あなたの子ヨセフがこう言いました。神は私をエジプト全土の主とされました。ためらわずに私のところに下って来てください。あなたはゴシェンの地に住み、私の近くにいることになります。あなたも、あなたの子と孫、羊と牛、またあなたのものすべて。ききんはあと五年続きますから、あなたも家族も、また、すべてあなたのものが、困ることのないように、私はあなたをそこで養いましょう。』と。」 

※至聖所①とは、イエス様が十字架と復活で使命を果たした位置であり、信仰者も使命達成の所です。ヨセフの使命達成はヨセフ30才の時であり、それから10年の歳月が流れて、ヨセフ40才の時に、ユダが使命を果たして父親を説得し、ヨセフの心を溶かして、兄弟が和解し、一族全員が飢饉の荒野を脱出し、食物が豊かにあって安全なゴシェンの地に住む祝福を得ました。





・・・・・(6)至聖所時代②・・・・

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ヤコブと、ヤコブ(イスラエル)の12人の息子たちは、その連れ合いと子供達、彼に属する全てのものと一緒にエジプトに向けて旅立ちました。彼らの先祖や関係者たち(アブラハム・イサク・ハガル・・・)が祭壇を築いて神を礼拝した所、ベエル・シェバに来た時、そこで祭壇を築いていけにえを捧げ、神に礼拝を捧げ、神の御声をお聞きしました。まさに、ここは至聖所の贖いの蓋の前、神の臨在に触れて、御声をお聞きする所です。

至聖所②は、天の御国の象徴であるこの世での安息を表していますが、天の御国の安息が最終的な安息です。

※ゴシェンは、ヤコブ一族の飢饉の時だけの臨時の「天の御国の象徴」です。本当の天の御国の安息のp象徴は「カナンの地」で、ヤコブは葬儀の時にミイラでこ運ばれ、ヨセフも、出エジプトの時にミイラでカナンの地に運ばれました。

私たちはこの世にいる限り、いつ天変地異が襲うか、いつ仕事や収入が途絶えるか、いつ健康を失うか、いつ愛する者を失うか、いつ食べ物が手に入らなくなるか・・・、誰にでも、少なからず何かの不安があります。ヨセフがエジプトに一族の住む所と食べるものを用意したように、私たちの為には、イエス様が天の御国に住む所を用意しておられます。

ヤコブの元に車が迎えに来たように、イエスさまが天の軍勢と聖徒たちを引き連れて、雲に乗って迎えに来る日が迫っています。聖書の御言葉は、それまでの道中、常に主が共におられ(インマヌエル)、私たちの生活を守って下さる事を約束しています。私たちは聖霊の油を絶やさず、主が迎えに来る日に備えて待っていましょう。
 
★創46:1-7 イスラエルは、彼に属するすべてのものといっしょに出発し、ベエル・シェバに来たとき、父イサクの神にいけにえをささげた。神は、夜の幻の中でイスラエルに、「ヤコブよ、ヤコブよ。」と言って呼ばれた。

彼は答えた。「はい。ここにいます。」すると仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。わたし自身があなたといっしょにエジプトに下り、また、わたし自身が必ずあなたを再び導き上る。ヨセフの手はあなたの目を閉じてくれるであろう。」それから、ヤコブはベエル・シェバを立った。

イスラエルの子らは、ヤコブを乗せるためにパロが送った車に、父ヤコブと自分たちの子や妻を乗せ、また彼らは家畜とカナンの地で得た財産も持って行った。こうしてヤコブはそのすべての子孫といっしょにエジプトに来た。すなわち、彼は、自分の息子たちと孫たち、自分の娘たちと孫娘たち、こうしてすべての子孫を連れてエジプトに来た


天の父は、神を信じる者の家族も一族もみな、天の御国へ連れ登らせたいと願っておられます。

★使徒16:31 「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたあなたの家族も救われます。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、そのヨセフがヤコブの目を閉じる時が訪れました。ユダは神様からの素晴らしい評価(御計画)を知る事となります。ヤコブは、12人の子供たちや孫達に預言をする中で、ユダに言いました。

★49:8 ユダよ。兄弟たちはあなたをたたえ、あなたの手は敵のうなじの上にあり、あなたの父の子らはあなたを伏し拝む。49:9 ユダは獅子の子。わが子よ。あなたは獲物によって成長する。雄獅子のように、また雌獅子のように、彼はうずくまり、身を伏せる。だれがこれを起こすことができようか。49:10 王権はユダを離れず、統治者の杖はその足の間を離れることはない。ついにはシロが来て、国々の民は彼に従う。

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ユダの子孫は、ダビデを経て、キリストにまで直接繋がる栄誉を受けるのです。

★黙示録5:5 すると、長老のひとりが、私に言った。「泣いてはいけない。見なさい。ユダ族から出たしし、ダビデの根が勝利を得たので、その巻き物を開いて、七つの封印を解くことができます。」







エンディング


ユダの使命は、最愛の息子ヨセフを失った父ヤコブの心を体験的に知って、ベニヤミンをエジプトに連れて行く事を承諾させ、ヨセフにベニヤミンを会わせて、一族救済の最後の道を開く事でした。

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愛する二人の息子を失った時に初めて、ユダは父ヤコブの息子ヨセフを失った悲しみを理解できました。また、自分が二人目の息子を失った時の辛さから、ベニヤミンまで失った時の父ヤコブの心境を推測し、自分を身代わりに奴隷として差し出して、それを阻止しました。

私たち信仰者全員もまた、罪の故に父から遠く離れてしまった人類を思う御父の心を知る事が重要な使命です。そして私たち人類を愛して、その為に最愛の一人息子の十字架を忍耐して下さった御父の苦しい心を知らずして、本当の伝道・宣教が出来るでしょうか?

アダムは、自分の息子アベルの死に遭遇した時、初めて天の父の愛を実感し、自分たちがエデンの園の門を出て行く後ろ姿を見送る御父の悲しみを理解できた事でしょう。

 1018の7

アブラハムもまた、イサクをモリヤの山頂で捧げる時、御父の十字架で一人子を捧げる時の苦しみを味わいました。アブラハムもまたユダと同じく、生涯の使命は、「御父の息子を失う壮絶な悲しみを知る」と言う事でした。ヤコブも、最愛の息子ヨセフが死んだと思い込んでいた長い年月、御父の悲しみを共感していたのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかしユダは、母の悲しみをも知っていました。

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母の苦しみ悲しみをずっと幼い日より見ていたレアの息子ユダは、ヨセフが生まれた時からは更に増してヤコブの差別に心を痛め、また母の悔しさ、悲しさを思ってやりきれない思いをしていました。その頃から既に試練の荒野の人生が始まっていました。

ユダの母レアは、妻として、妹に比べてヤコブに愛されなかった辛さから神から目を離さずに生き、四男が生まれた時には感謝して「賛美(ユダ)」と名づけた程に、信仰深い母でした。

聖書の中の兄弟姉妹(カインとアベル・エサウとヤコブ・ヨセフの二人の息子・ユダの双子の兄弟・優秀な兄たちとダビデ・マルタとマリヤ・・・)は、殆どが兄と姉よりも、弟や妹の方が霊的で信仰的です。

どの信仰者もその人生は、最初は肉的で、様々な荒野の体験を通して、霊的に成長する事を象徴しています。私たちは最初は信仰者であってもアダムのように肉的であり、徐々にキリストの身丈へと信仰が成長してゆく事を象徴しているのです。(ガラテヤ2;20)

★Ⅰコリント 15:46 最初にあったのは血肉のもの(アダム)であり、御霊のものではありません。御霊のもの(キリスト)はあとに来るのです。 

しかし、姉のレアは聖書中の人物としては珍しく、妹のラケルよりも霊的であり、信仰的でした。彼女の心に貧しさがあり、弱さがあり、絶えず葛藤があって、天に目を注ぎ続けていたらです。

★マタイ5:3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。5:4 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。

つまり、ユダがどうして主に愛されたかと言うと、父ヤコブも、母レアも共に「主の御顔を激しく求める信仰者」であったからです。

ある意味ではヨセフより厳しく長い荒野の人生でした。この世の安息に入ったのはヨセフ40才の時でしたから、それプラスαの長い年月、荒野で神を見上げていたのです。

ヤコブも息子の教育に失敗し、ユダも失敗だらけの人生でしたが、私たち信仰者が子孫に残すべき最も重要な資産とは、親が常に「神を常に見つめ、切に求めて生きる」事です。

どんな失敗も、どんな汚れも、どんな恥も、どんな不成功も・・・、この遺産さえ残せば、永遠の御国の中に価値ある者として、私たちの愛する子孫は入るのです。

★詩篇24:6 神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブ…

★マタイ6:33 神の国とその義とをまず第一に求めなさい。

★アモス5:4 まことに主は、イスラエルの家にこう仰せられる。「わたしを求めて生きよ。」



3ライン 









 ★花のライン17休憩
2013年10月25日(金)(コチラ)に続きます。「ヨナの幕屋」についてです。
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