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天国への地図(4)幕屋四燭台⑮「燭台(導く聖霊の灯)と荒野のまとめ」 



1★十字架のライン  

本日は、天地創造の四日目の「光るもの」、
幕屋の器具の四つ目「燭台」の最終回です。


天地創造の四日目に創造された「太陽。月・星」が、
地を照らして人々を正しく導いて、人々の役に立つ為に造られた事と・・・、

★創世記 1:14 「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。
しるしのため、季節のため、日のため、年のために、役立て
1:15 天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」


・・・幕屋の器具の四つ目が、聖霊を象徴する燭台である事とが対応しています。 

503の4
503の5 

そして実に驚く事に
天の父は永遠の初めにあって用意周到に、天地万物を七日間で創造され・・・、
また罪を犯した人間がどのように天に戻るのかも、
こんなにもシンプルな七つの器具の配置で
救いの設計図とも言うべき幕屋を対応させ、
聖書の最重要、かつ根本的な真理を説明し尽しておられるのです。

 




ライン15
「燭台(導く聖霊の灯)と荒野のまとめ」 

先週は、試練と訓練の荒野の期間が短かったヨナの生涯と比較して
アブラハムを初めとする神の僕の、長い荒野の期間の価値を見て来ました。

本日はより深く、信仰者が荒野で過ごす年月の尊さと、
父なる神の、人類に対する御心を探って行きたいと思います。





(1)全ての信仰者を荒野に導く聖霊の灯
・・・私たちの道であるイエス様は御霊に導かれて荒野へ・・・

イエス様は、洗礼を受けた時に天から下ってきた御霊に導かれて荒野に入り、サタンの試みを受けられました。

 1108の2

★マタイ 4:1 さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。


・・・出エジプトに於いても、御霊に導かれて荒野へ・・・

神の民イスラエルの人々は、サタンの治める王国であるこの地球上から、天の御国へ脱出する象徴として、パロ王(サタンを象徴)の奴隷状態から、十字架を象徴する子羊の血によって贖い出されました。

サタンを象徴するパロ王の奴隷であった民が、エジプトから脱出した時、神の御霊が昼は雲の柱のように、夜は火の柱のように先頭に立って、民を導きました。

 329御霊の雲

★出エジプト13:20 こうして彼らはスコテから出て行き、荒野の端にあるエタムに宿営した。13:21 主は、は、途上の彼らを導くため雲の柱の中に、は、彼らを照らすため火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。彼らが昼も夜も進んで行くためであった。13:22 昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった。

イエス様も、カナンの地であるベツレヘムで生まれましたが、命を狙われてエジプトに身を寄せ、カナンの地に戻って洗礼を受け、天よりの御霊に導かれ、荒野に入ったのと同様に・・・、

イスラエルの民も、紅海で洗礼を受け、御霊の雲に導かれて荒野に入り、天国を象徴するカナンの地の直前まで御霊の雲に導かれて行きました。

このイスラエルの民を見ても、アブラハム四代(イサク・ヤコブ・ヨセフ・ユダ)の信仰者の幕屋(生涯)を見ても、私たち信仰者もまた、同じ道筋である「イエス様の幕屋(生涯)を通っている事がわかります。

 

幕屋の順を通り、また天地創造の七日間の順番に、カナンの地に象徴される天の御国の安息に入るまで、聖霊がイエス様の足跡を辿らせて、導くのです。





(2)飢饉の荒野と、生ける水の井戸(泉)の発見

・・・イエス様、荒野で四十日四十夜断食・・・

 1108の4

イエス様も、荒野に入った時に四十日四十夜断食をなさり、空腹のままサタンの試みを受けました。
 
★マタイ 4:1 さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。4:2 そして、四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。4:3 すると、試みる者が近づいて来て言った。

信仰者やイスラエルの民もまた、飢饉によって試練の荒野に入ったり、荒野で飢え渇きました。


・・・アブラハム、飢饉で試練と訓練の荒野へ・・・
 
1108の10

アブラ(ハ)ムは召命によって旅立ち、カナンの地に入ってモレの樫の木のそばにテントを張って祭壇を築き、礼拝を捧げ、大きな祝福の言葉をいただきましたが・・・、

★創世記12:5 アブラムは妻のサライと、おいのロトと、彼らが得たすべての財産と、カランで加えられた人々を伴い、カナンの地に行こうとして出発した。こうして彼らはカナンの地にはいった。12:6 アブラムはその地を通って行き、シェケムの場、モレの樫の木のところまで来た。当時、その地にはカナン人がいた。12:7 そのころ、がアブラムに現われ、そして「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。」と仰せられた。アブラムは自分に現われてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。12:8 彼はそこからベテルの東にある山のほうに移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は主のため、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。12:9 それから、アブラムはなおも進んで、ネゲブのほうへと旅を続けた。

・・・早速、飢饉によって試練と訓練の荒野に行かざるを得ませんでした。

★創世記12:10 さて、この地にはききんがあったので、アブラムはエジプトのほうにしばらく滞在するために、下って行った。この地のききんは激しかったからである。

エジプトに下って、大きな失敗(妻を妹だと言う)をしてしまうのですが・・・、


・・・イサクも、飢饉で試練と訓練の荒野へ・・・

息子のイサクも同じく、飢饉によって試練と訓練の荒野に導かれます。

★創世記26:1 さて、アブラハムの時代にあった先のききんとは別に、この国にまたききんがあった。それでイサクはゲラルのペリシテ人の王アビメレクのところへ行った。26:2 主はイサクに現われて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。26:3 あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。

その旅で、父アブラハムと同じ失敗をした後、父の井戸をもう一度掘りなおし、また新しい井戸を掘って、肉の乾きと、心の乾きを満たす「命の水の川」から飲む信仰者へと成長して行きます。

 イサクの井戸


・・・ハガル、水に乾いて井戸を発見・・・

少し話が戻りますが・・・、アブラハムは、神様からの約束の霊の子が待てず、自分たちの考えた方法で、妻サラの女奴隷ハガルに。肉の子イシュマエルを生ませました。

女主人のサラに、神約束の子イサクが生まれて乳離れのお祝いの翌朝早く、ハガルとイシュマエルは、わずかな食料と水を持たされて、何の当てもなく荒野に出されてさ迷い、水が尽きて絶望の淵に立った時に、御使いが井戸に導き、それからは祝福の内に生きて行きました。

1108の3

★創世記21:14アブラハムは、パンと水の皮袋を取ってハガルに与え、それを彼女の肩に載せ、その子とともに彼女を送り出した。それで彼女はベエル・シェバの荒野をさまよい歩いた。・・・21:15 皮袋の水が尽きたとき、彼女はその子を一本の潅木の下に投げ出し、 21:16 自分は、矢の届くほど離れた向こうに行ってすわった。それは彼女が「私は子どもの死ぬのを見たくない。」と思ったからである。・・・21:19 がハガルの目を開かれたので、彼女は井戸を見つけた。それで行って皮袋に水を満たし、少年に飲ませた。21:20 神が少年とともにおられたので、彼は成長し、荒野に住んで、弓を射る者となった。

私たち信仰者は荒野で飢え、乾き、激しく神を求める時に、井戸(泉)に導かれ、神と出会うのです。


・・・神の民も、荒野で餓えと乾きの試練・・・

329マナと水

神の民もまた、試練と訓練の荒野で、荒野で餓えに苦しみ、不平不満を言いました。

★出エフプト 16:2 イスラエル人の全会衆は、この(シンの)荒野でモーセとアロンにつぶやいた。16:3 イスラエル人は彼らに言った。「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。」

しかし神は、民を四十年の間、食物を与え、飲み水をも与え続けました。

★ 16:13 夕方になるとうずらが飛んで来て、宿営をおおい、になると、宿営の回りに露が一面に降りた。16:14 その一面の露が上がると、見よ、荒野の面には、地に降りた白い霜のような細かいもの、うろこのような細かいもの(マナ)があった。・・・16:35 イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまで、マナを食べた。

★17:1 イスラエル人の全会衆は、主の命により、シンの荒野から旅立ち、旅を重ねて、レフィディムで宿営した。そこには民の飲む水がなかった。

しかし信仰者は、この世の水や食料を求める切実な祈りを通して、天からの命の川の水を飲み、キリストの裂かれた肉を食べるまでに、信仰が成長しなければなりません。

★Ⅰコリント10:1 私たちの先祖はみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。10:2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、10:3 みな同じ御霊の食べ物を食べ、10:4 みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。





(3)一人または夫婦だけで

荒野へは、必ず一人、または一体である夫婦で入る事が肝心です。


・・・アダムとエバ、そして全ての人間に・・・

 1108の17

アダムとエバは、一体ですから、一人として、エデンの園から追い出され、サタンの支配するこの地、厳しい荒野に降ろされました。

★創世記 2:24 それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。


・・・アブラハム・・・

1108の12

ですから、アブラハムも召命を受けて旅立つ時に、一人(夫婦)だけで行くようにと、命令されました。

★創世記 12:1 その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。

これは、新旧約聖書全巻を貫く重要な真理です。


・・・イエス様も「父母を離れる」ようにと・・・

★マタイ 19:5 『それゆえ、人はその父と母を離れて、その妻と結ばれ、ふたりの者が一心同体になるのだ。』と言われたのです。それを、あなたがたは読んだことがないのですか。

結婚が、イエス様と教会が一体となると言う奥義を表している事が、「父母を離れ」なければならない奥義の第一義ですが・・・・、信仰者こそ、たとえ同居していたとしても夫婦の単位で独立して、神の御前を、聖霊と共に歩まなければなりません。

出エジプトの民以外の信仰者は、単独または夫婦で荒野に入っています。

モーセは最初に四十年間の荒野に入った時は独身ですから、エジプトから一人で試練と訓練の荒野に入りました。

 1108の13

でも本当は、紅海でモーセに付くバプテスマを受け、礼拝の民とされ、「モーセ荒野の教会」を形成していた民のひとりひとりは、指導者モーセがいても、家族、親族、友人、知人と共に旅をしていても、苦難の荒野で、雲の中におられた神と一対一で向き合わなければならなかったのではないでしょうか?

 1108の14


・・・パウロからも結婚の奥義、そして御霊と荒野・・・

 1108の18

パウロもイエス様と私たち教会の結婚の奥義を語り、父母を離れる大切さを語っています。

★エペソ 5:31 「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」5:32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。

私たちがしみもしわもない聖い花嫁となるには、十字架の血潮で罪汚れが洗われる新生の段階だけに留まらず、試練と訓練の荒野の中でイエス様だけと向い合い、体験的に御言葉の奥義を深く知らなければなりません。


・・・パウロ自身もアラビアの荒野へたった一人で・・・

 1108の16
左クリックすると地図が二段階に拡大できます

しかし、生涯独身であったパウロも、イエス様と出合った後に、聖霊にアラビアの荒野へと導かれて、一人きりで三年間も滞在しました。

★ガラテヤ 1:16 異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、1:17 先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。1:18 それから三年後に、私はケパ(※ペテロ)をたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。

荒野の苦しみの中で、たった一人で神と語り合う時に、初めて直接的に神がどのような方であるかを、体験的に知る事ができます。

また、パウロがペテロや他の弟子から教えを受けなかったのは、荒野の中で、真の真理を教える助け主、真理の御霊様から直接、奥義を教えられたからでした。

★ヨハネ 14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。14:17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。 

弟子達は三年半、イエス様と生活を共にして直接御言葉を聞き、伝道や癒しなどの訓練を受けましたが、パウロは三年間、助けぬし聖霊にイエス様が弟子達に教えた事を全て教え、否、それ以上の教え(御子を啓示)を受けます。

★ヨハネ 15:26 わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。

聖霊がパウロの心の中におられたので、第三の天にまで導かれて天の様子も垣間見ました。

★Ⅱコリント12:1私は主の幻と啓示のことを話しましょう。 12:2 私はキリストにあるひとりの人を知っています。この人は十四年前に――肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです。――第三の天にまで引き上げられました。・・・12:4 パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。

荒野とは、聖霊が呼び出し、聖霊が導き、そして聖霊がイエス様を、そして御国を啓示する所です。





(4)荒野は神と信仰者のハネムーン

ですから天の父は、二人きりになるために、愛する息子・娘を荒野に呼び出します。

一対一にならなければ、私たち人間は自分自身がどのような者であるかも、天の父の愛も御言葉の真実も、決して知りえないからです。


・・・過保護な母リベカからヤコブを離した聖霊の導き・・・

天の父がヤコブにご自分の事を悟らせようとする時、母リベカの偏愛から来る過保護は、邪魔でした。

★創世記 25:28 イサクはエサウを愛していた。それは彼が猟の獲物を好んでいたからである。リベカはヤコブを愛していた

1108の5

リベカは、神に代わって、自分の考えた方法と自分の肉の腕でヤコブをエサウよりも高い者にしようとしました。

★創世記27:13 母は彼に言った。「わが子よ。あなたののろいは私が受けます。ただ私の言うことをよく聞いて、行って取って来なさい。」27:14 それでヤコブは行って、取って、母のところに来た。母は父の好むおいしい料理をこしらえた。27:15 それからリベカは、家の中で自分の手もとにあった兄エサウの晴れ着を取って来て、それを弟ヤコブに着せてやり、27:16 また、子やぎの毛皮を、彼の手と首のなめらかなところにかぶせてやった。27:17 そうして、自分が作ったおいしい料理とパンを息子ヤコブの手に渡した

人間的には良さそうに思えますが、神の主権と御計画を侵害する行為に他なりません。

★エレミヤ 17:5 主はこう仰せられる。「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ

リベカは、神ののろいを自分が受ける覚悟で、イサクを騙すトリック(魔術)を使い、肉の料理の腕を駆使したので、イサク家に肉の実が結ばれてしまいました。

★ガラテヤ5:19 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、5:21 ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。

リベカの義父アブラハムが、神の約束を待ちきれずに肉の方法であるハガルに肉の子イシュマエルを産ませた時の、アブラハム家に現れた肉の行いの結果と同様です。

神が母リベカの偏愛からヤコブを離しました。ヤコブは初めて愛してあれこれと面倒を見てくれる母を離れ、一人で旅立つ事になりました。

もちろん直接の旅立ちの原因が自分の悪い性格の故であっても、母のそそのかしの結果であっても、それらの全てを益に変える力ある神の導きで実施されました。

ヤコブには、父母との別れは当初は寂しく心細く感じられた事でしょうが、実際は両親よりも、はるかに深く自分を愛して下さる神と出会う為に荒野に導き出され、神と出会いました。

 1108の6

そして、ヤコブの真の父が語ります。

★創世記28:13 そして、見よ。が彼のかたわらに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。

天の父は、ヤコブの祖父アブラハムの神であると同じように、父イサクの神であるのと同じように、ヤコブ個人とも一対一の神と子の関係である事、同じ大きな使命を与えておられる事をはっきりと告げました。

べテルで神と出合った後も神は、母リベカの過保護がヤコブを包囲していて親元にいては出来ない厳しさを体験させ、ヤコブに神の御顔を激しく求めさせる環境に置きました。

★創世記31:40 私は昼は暑さに、夜は寒さに悩まされて、眠ることもできない有様でした。31:41 私はこの二十年間、あなたの家で過ごしました。十四年間はあなたのふたりの娘たちのために、六年間はあなたの群れのために、あなたに仕えてきました。


・・・モーセへ・・・

天の父は、モーセをたった一人で荒野に導き入れました。モーセは、アブラハムのように召命によってではなく、殺人の罪を犯して追われて逃げるようにして、一人寂しく荒野に旅立ちましたが、全てを大きな益と飼え、荒野で重要な訓練を受けました。

神様は、四十年後にイスラエルの民たちを連れて荒野を旅する使命のあるモーセを、羊飼いとして羊を導きながら、練習をさせました。

天の父は私たちを訓練する時、何かの真理を教える時、決して魔法をかけたかのごとく、奇跡を起こすがごとくに、一足飛びには成長させません。

真の教師である神は、常に体験的に学ばせます。その時点では遠回りで時間がかかるように感じても、それが最も確かで本人の為になるのです。

ですから、アダムとエバも、サタンの王国であるこの地である苦難に溢れた荒野に降ろされました。私たちを造られた神様が、体験的に学ぶ事が最も素晴らしい方法である事をご存知であるからです。

それに、「信仰」とは「忍耐」と置き換えても良いほど、苦難を忍耐する事は神の子にとって重要な体験です。

★ローマ 5:3 患難忍耐を生み出し、5:4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。5:5 この希望は失望に終わることがありません。

この心の中に、苦難を忍耐した事から生じる「キリストの品性」のごく一部であったとしても、それに与る瞬間の喜びを一度でも体験した事がなかったら、私たちが教会の中でどんなに素晴らしい働きをし、結果があったとしても、先週のヨナのように、神と人とを愛せない幼い信仰者です。

モーセもまた、ミディアンの孤独の荒野で、挫折や絶望や自己嫌悪を味わい尽くして全く自分に自信をなくした後に、神と出会いました。ヤコブは荒野に入った最初の晩でしたが、モーセは荒野に出て四十年後でした。

★出エジプト3:6「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」

アブラハムの神であったように、イサクの神であったように、ヤコブの神であったように、モーセと一対一の専属の神である事を告げられ、そして、重要な使命を与えられました。

★出エジプト3:12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。あなたが民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない。」





(5)荒野で信仰者達がインマヌエルの体験をした時


・・・イサク・・・

★創世記26:1 さて、アブラハムの時代にあった先のききんとは別に、この国にまたききんがあった。それでイサクはゲラルのペリシテ人の王アビメレクのところへ行った。26:2 主はイサクに現われて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。26:3 あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。

・・・ヤコブ・・・

★創世記 31:3 主はヤコブに仰せられた。「あなたが生まれた、あなたの先祖の国に帰りなさい。わたしはあなたとともにいる。」


・・・ヨセフの奴隷時代・・・

★創世記39:2 主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。39:3 彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。39:4 それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。

・・・ヨセフの監獄時代・・・

★創世記 39:21 しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。39:22 それで監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手にゆだねた。ヨセフはそこでなされるすべてのことを管理するようになった。39:23 監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである。


・・・出エジプト・・・

★出エジプト13:20 こうして彼らはスコテから出て行き、荒野の端にあるエタムに宿営した。13:21 主は、は、途上の彼らを導くため雲の柱の中に、は、彼らを照らすため火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。彼らが昼も夜も進んで行くためであった。13:22 昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった。


・・・インマヌエルと言うの名のお方(イザヤの預言)・・・


 1108の11

★マタイ1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(イザヤ7:14)」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)






エンディング


全ての人間は神の僕(弟子)として召命を受けている


全ての荒野への道は、聖霊が導いておられるのなら・・・、

★エペソ 1:3 神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。1:4 すなわち、神は私たち世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。 1:5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。

 1108mp2

★Ⅱコリント 5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

全ての人は、アダムの後ろに付いて、御霊に導かれて荒野に下ろされたのです。イエス様が全ての人間の為に十字架で贖って下さったので、全ての人間は、イエス様の弟子に、そして天の父の僕として生きるべきなのです。

★マルコ 8:34 イエスは群衆弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。8:35 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。


3ライン 













リース3

当部ブログは、今までのメッセージを、古い順に読みやすく整理する為に
メンテナンスの為に四週間の期間をいただきたいと思います。

長い記事を二つに分けたり、
記事の最下段にある来週の予定の部分を、クリック移動できるようにして
古い順から、新しい記事へと無理なく読めるようにと・・・、
最新の記事から初めて、徐々に古い方の記事を向かって整理してゆきます。

是非、この期間に、読み残した文を読んで下されば感謝です。

2013年12月6日(金)に再開します。
「香壇(1)天の御座前にまで立ち上る祈りの香の煙」についてです。
クリスマスの美しい映像も一緒にご紹介する予定です。


・・・では、クリスマス第一週までシャローム!!!・・・ 


クリスマス3





 
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