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天国への地図(5)香壇②「賛美は何処に?」 


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アドベント第二週
 



ライン15
「賛美は何処に?」 

先週は、香壇が祈りの香を立ち上げる祭壇である事を学びました。

下記の上段は幕屋全体、下段は幕屋の建物部分ですが、建物の左側に当る長方形の部分が「聖所」であり、祭司が毎日朝夕に仕える「礼拝所」です。

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聖所に於ける礼拝の大切要素である、
①双方向からのパンの出会う「パンの机」の所では、私たちの心を砕いて神に捧げる献身の意味と、私たちが天から日々いただく心のパン(御言葉)の意味があり、
②「燭台」は聖霊の灯を表わし、
③「香壇」は朝に夕に捧げる祈りを表わしています。

では、私たちが日々の個人の礼拝で、また教会に於ける礼拝で大きな部分を占め、なくてはならない「賛美」とは、聖所の、または幕屋全体の、どの部分にあるのでしょうか?





・・・・・(1)出エジプトの民の賛美は何処に?・・・・

まずは、出エジプトの民の歴史を、幕屋を通してざっと見て行きましょう。幕屋の庭が表わす「救い」の部分は、二つの出来事が対応しています。

先ず「祭壇」の部分に相応するのは「子羊の血による贖い」の出来事で、イエス様の十字架の贖いを象徴しています。

 1213の1

そして幕屋二番目の器具「洗盤」に相応するのは、紅海の水の中を通った事で、「洗礼」を表わします。御霊である雲の柱と紅海の水で、霊と水のバプテスマを受けたとの重要なパウロによる記述があります。

★Ⅰコリント 私たちの先祖はみな、の下におり、みなを通って行きました。10:2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、

 2013の13
 
そして重要な事は、この世の君サタンを象徴するパロ王の手下を海に沈めたのは神の戦いであり、血による贖いと洗礼をもって、神の民の救いが確立したと言う事です。

★出エジプト 14:13 それでモーセは民に言った。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。14:14 主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」

14:18 「パロとその戦車とその騎兵を通して、わたしが栄光を現わすとき、エジプトはわたしが主であることを知るのだ。」


この二段階(小羊の血による贖いと洗礼)に於いて、神ご自身がサタンと戦われ、信仰者の救いが確定します。救いに関しては、完全に神の戦いであり、完全に神の側の功績であって、私たち人間には何も誇る部分はありません。

★出エジプト14:21 そのとき、モーセが手を海の上に差し伸ばすと、主は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた。14:22 そこで、イスラエル人は海の真中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。14:23 エジプト人は追いかけて来て、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海の中にはいって行った。

14:24 朝の見張りのころ、主は火と雲の柱のうちからエジプトの陣営を見おろし、エジプトの陣営をかき乱された。14:25 その戦車の車輪をはずして、進むのを困難にされた。それでエジプト人は言った。「イスラエル人の前から逃げよう。主が彼らのために、エジプトと戦っておられるのだから。」


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★14:26 このとき主はモーセに仰せられた。「あなたの手を海の上に差し伸べ、水がエジプト人と、その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ。」14:27 モーセが手を海の上に差し伸べたとき、夜明け前に、海がもとの状態に戻った。エジプト人は水が迫って来るので逃げたが、主はエジプト人を海の真中に投げ込まれた。14:28 水はもとに戻り、あとを追って海にはいったパロの全軍勢の戦車と騎兵をおおった。残された者はひとりもいなかった 

ここで初めて、モーセと民は、神に対する「賛美」を声高らかに歌いました。

★出エジプト 15:1 そこで、モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。15:2 主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられたこの方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。15:3 主はいくさびと。その御名は主。15:4 主はパロの戦車も軍勢も海の中に投げ込まれた。えり抜きの補佐官たちも葦の海におぼれて死んだ。

モーセの姉ミリアムと女性たちは、あまりの喜びにタンバリンで踊りながら、主を賛美しました。

★出エジプト 15:20 アロンの姉、女預言者ミリヤムタンバリンを手に取り、女たちもみなタンバリンを持って、踊りながら彼女について出て来た。 15:21 ミリヤムは人々に答えて歌った。「主に向かって歌え。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれた。」

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この出エジプトの時から、モーセと民は至聖所(天の御国)を象徴するカナンの地まで、四十年の荒野(聖所)の旅をします。荒野は私たち信仰者の天国までの心の旅路を表わし、日々の礼拝(聖所における③パンの机;御言葉・④聖霊;燭台・⑤祈り;香壇)を表わし、試練と訓練の日々を表わします。

この、神がサタンに勝利して、救いが確立した事への神への賛美をした位置は、下の表の赤い矢印の所となります。

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そして、このモーセと民の歌は、この世が閉じられ、サタンが滅ぼされた最後の時、全ての神の民と共に、御父と小羊であられる御子の勝利に対する、私たちの創造を絶する驚くべき大規模な賛美の時が持たれるのです。 

★黙示録 15:3 彼らは、神のしもべモーセの歌小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。15:4 主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」





・・・・・(2)イエス様と弟子達が賛美を捧げた時・・・・

イエス様は十字架に付けられる前夜、弟子達と共に最後の晩餐をした時、最初の聖餐式を持ちました。

★マタイ26:26 また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これはわたしのからだです。」26:27 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。「みな、この杯から飲みなさい。26:28 これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです

この時は正しく、イスラエルの民が出エジプトをする時、小羊の血によって贖い出された事を感謝して記念する「過越しの祭り」の期間であり、イエス様は弟子達と過越しの食事をとられていたのです。この日から、真の主の小羊の十字架の御業を感謝して記念する「過越しの食事」が、聖餐式へと代わりました。

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そして、この聖餐式の直後、イエス様と弟子達は賛美を共に歌い、エルサレムの東、オリーブ山のふもとにあるゲッセマネの園へと向います。

★マタイ 26:30 そして、賛美の歌を歌ってから、みなオリーブ山へ出かけて行った。 

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イエス様が弟子達と過ごされた三年半、多くの賛美を御父に向かって共に捧げた事でしょう。しかし、福音書の中には、十字架に付けられる前夜の賛美だけが記されています。

何故、イエス様は十字架に付けられ、全人類のいけにえとなって、苦しみを受けると言う悲惨な日の前夜、天の父に向かって賛美を捧げる事ができたのでしょうか?

ヘブル書11章では・・・、この世の繁栄や得となる何かを受けて感謝の賛美を捧げる普通の信仰者ではなく、火のような試練中で揺るぐことのない御座と素晴らしい報いを確信していた真の信仰者が、賞賛されています。

これらの多くの信仰の達人達は、イエス様の似姿に至った人々でした。

★ヘブル 12:1 このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

イエス様が贖いの小羊として十字架上で苦しまれ、サタンとの壮絶な戦いに勝利して下さったからこそ、私たちもまた単なる幼い信仰者ではなく、真の賛美のいけにえを捧げる成熟した信仰者となるまでに成長する事ができるのです。

★ヘブル 13:15 私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

肉の目で見たら、この世に於いては損や痛みや苦しみや不利益・・・としか見えなくても、その肉の心をいけにえとして賛美を主の御前に捧げる信仰に至るのは、ガラテヤ2:20のキリストの身丈に達してこそです。そのような賛美を天の父と御子は喜んで下さるのです。

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イスラエルの民は、荒野の入り口で賛美を捧げましたが、試練と訓練の荒野の中では「不平・不満」を鳴らして、神とモーセを失望させました。

イエス様の十字架と復活以後の私たちは、たとえ肉の目には不都合な事があっても決して不平不満を言わず、人生のどの場面に於いても「賛美のいけにえ」を絶えず捧げ続けて、信仰の勝利者の列に加えられる者となりましょう。

私たちの信仰の生涯としての「幕屋」に於いて、救われた段階の感謝の賛美に留まらず、どんな苦しい荒野(聖所)の中のどの位置での礼拝にあっても、絶えず心からの賛美を捧げる日々が、イエス様の生涯としての幕屋である十字架の道を、自分の十字架を背負って辿る弟子のあるべき姿です。

★マルコ 8:34 イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。8:35 いのち(プシュケー;魂の命)を救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。

私たちは、単なる神の子・神の民ではなく、イエス様に似る者「真の主の弟子」として生きるため、救われて神の子にされた時だけの賛美者ではなく、全生涯に於いてイエス様のように肉の命を捨てて、イエス様の後に従い、全てを感謝し、荒野(聖所)の道を聖く歩みましょう。

★Ⅰテサロニケ 5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。 5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。5:19 御霊を消してはなりません。

パウロの、私たちに対する忠告です。

★Ⅰコリント10:1 そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの先祖はみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。10:2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、10:3 みな同じ御霊の食べ物を食べ、 10:4 みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。 10:5 にもかかわらず、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。10:6 これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。それは、彼らがむさぼったように私たちが悪をむさぼることのないためです。

本日与えられた御言葉を、もう一度読みましょう。

★ヘブル 13:15 私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。





 rクリスマス・ライン

「クリスマスにまつわる賛美のお話]


 マリヤの賛歌

マリヤが、聖霊によって身篭った時、大いなる賛美を捧げました。「マリヤの賛歌」と呼ばれています。

★ルカ1:46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます
1:48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。
1:49 力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、
1:50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。
1:51 主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、
1:52 権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、
1:53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。
1:54 主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。
1:55 私たちの先祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」
 

マリヤは、イエス様が聖霊によって宿ると御使いガブリエルに宣告された時、結婚せずに子供を産む事の危険を受け入れました。悪評判の不名誉も覚悟する心の殉教と、石打ちにされるかもしれない体の殉教をも覚悟しました。

しかし、ガブリエルに「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。」と言われた時に、「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」との信仰告白をし、その後に何の不安も不平も不満も言いませんでした。

私たち信仰者が、自分の肉の思いを十字架に付けて死なせ、御言葉を信じて従う決心をする時に、聖霊が私たちに真の賛美を歌わせて下さいます。

助け主である聖霊が私たちの心の中に、キリストの思いを湧き上がらせてくださるので、素晴らしい霊の賛美を捧げる事ができるのです。もう一度今日の御言葉を読みましょう。

★ヘブル 13:15 私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。







 図299

2013年12月20日(金) に続きます。
「イエス様の香壇は?」についてです。






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《バックナンバーご案内》
今までの主なテーマをまとめて、下記のように整理しました。

Ⅰ生ける宮【霊・魂・体】(1~6)コチラから

Ⅱキリストの岩 (1~11+基督の幕屋2)コチラから

Ⅲ天国への地図 (1~)コチラから 
・・・天地創造の七日間と幕屋の七つの器具・・・
 ★聖所「パンの机」・・・・コチラから
 ★聖所「燭台(聖霊)」・・・コチラから 
 ★聖所「香壇(祈り)」・・・コチラから

各テーマの冒頭に「コチラ」からアクセスして読んでいただきましたら
各メッセージの最後に、次回に飛べるようにリンクをしました。
今年1月4日より始まった当ブログは、全部繋がりました。 

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| Ⅲ天国への地図 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

十字架につけられる前夜に賛美を捧げられたこと イエス様が贖いの子羊として‥‥‥‥のところと胸をうたれました。しばらく次に読み進むことが出来ませんでした。素晴らしい教えをありがとうございました。

| saty | 2013/12/21 20:49 | URL |















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