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天国への地図(5)香壇③「イエス様の香壇は?」 


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アドベント第三週
 






ライン15
「イエス様にとっての香壇」 

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(1)イエス様の御生涯にとって、香壇とは何処の場面でしょうか?

(2)また、幕屋の本体であられるイエス様の十字架の姿では、
香壇とは体の何処の部分でしょうか?

(3)イエス様は、十字架の三日間で
生ける神殿(幕屋・宮・教会・・・)となりました。

私たちも生ける宮として完成する為にに
香壇の意味を深く考えて行きましょう。



 
 


・・・・・(1)イエス様の香壇「ゲッセマネの園」・・・・

イエス様の三年半のご生涯は、幕屋の聖所として表す事ができます。

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①祭壇に当る所で、この世の救いの光として誕生なされ、
②洗盤の所で、バプテスマのヨハネから洗礼を受け

使命を果たすための力の衣である御霊を受けてから
③パンの机;御言葉を守り、御言葉を伝え
④燭台;どんな時も御霊に導かれ
⑤香壇;常に神に祈りを捧げつつその御声に従い続けた生涯でした。

特に、十字架の死を意味する垂幕の直前に置かれた祈りの香りを上げる香壇は・・・・、
・・・十字架の日の前夜に座り込んで祈った「ゲッセマネの園」です。

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イエス様はその公生涯に於いて、できる限り、至聖所を象徴する山で御父に祈り、特にオリーブ山の「ゲッセマネの園」を香壇として熱心な祈りを捧げました。

十字架で垂幕を裂いて至聖所に入り、復活されて霊の体(栄化)となり、天の御国に帰って行かれました。

 

 
 
 


・・・・・(2)イエス様の香壇「心」・・・・

年に一度の贖罪の日、大祭司は幕屋と、礼拝の全ての器具に、いけにえの動物の血を塗りつつ、至聖所の中に進んで行きました。
※幕屋完成の時は、モーセが行ったようです。

★ヘブル 9:7 第二の幕屋(至聖所)には、大祭司だけが年に一度だけはいります。そのとき、を携えずにはいるようなことはありません。・・・9:21 また彼は、幕屋と礼拝のすべての器具にも同様に血を注ぎかけました

真の幕屋であられるイエス様も、十字架につけられる前と十字架上で、全身に鞭によって血が塗られ、幕屋の器具に相当する所にも、茨の冠や釘、やりによって血が塗られました。

 1220の2

この中で、イエス様の心の所に位置する「香壇」は、十字架の前夜、「ゲッセマネの園」での祈りに於いて血が流されました。事実を坦々と書き記す聖書の記述の中にあって、下記の所だけ文学的に描写されているのは、イエス様の心である香壇に血が塗られたと言う証ではないでしょうか?

★ルカ 22:40 いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われた。22:41 そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。22:42 「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」22:43 すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。22:44 イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。


 


・・・・・(3)生ける宮の完成と私たち・・・・

使徒ヨハネは、イエス様の誕生までのいきさつを次のように伝えています。

★ヨハネ 1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。1:2 この方は、初めに神とともにおられた。1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。1:4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

この御言葉は、聖書の最初の御言葉に対応しています。

★創世記1:1 初めに、神が天と地を創造した。1:2 地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。 1:3 そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。 

また、使徒ヨハネは、他の福音書と違い、クリスマスの場面を次にように伝えています。

★ヨハネ1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。 

これは、出エジプトの幕屋を造る事の理由を述べた神の言葉と対応しています。

★出エジプト 25:8 彼らがわたしのために聖所(幕屋)を造るなら、わたしは彼らの中に住む

イエス様こそが、クリスマスの夜、生きている幕屋として、この地球に来てくださいました。・・・事実、イエス様は宮清めの後でユダヤ人たちに次のように語りました。

★ヨハネ2:19 イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」

人々は当時改築中のヘロデ神殿の事だと思いましたが、イエス様が、十字架の三日間で生ける神殿(宮・幕屋・教会・・・)となられると言う意味でした。

幕屋の事について新約聖書で最も詳しく語っているのはヘブル書ですが、その中に次にような言葉があります。

★ヘブル 9:11 しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、 9:12 また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

このまことの幕屋とは、ステパノの演説の中での「 私たちの先祖のためには、荒野にあかしの幕屋がありました。それは、見たとおりの形に造れとモーセに言われた方の命令どおりに、造られていました。(使徒7:44)」のモーセが見た天にある本当の幕屋の事です。

しかし、さらに偉大な、さらに完全な幕屋とは、イエス様の十字架上で完成された幕屋本体ではないでしょうか?

私;福田は、永遠の中で唯一の贖いの御業は、十字架上のイエス様が①幕屋本体であられ、②いけにえの子羊であられ、③大祭司であったと把握しているのですが、皆様はいかがでしょうか?

「天のまことの幕屋」が、この御言葉にあるのなら、「さらに偉大でさらに完全な幕屋」とは、無限に広いの宇宙空間に、そして永遠から永遠の時間の中で、十字架上のイエス様以外に何があるのでしょうか?

イエス様がイースターの朝早くマグダラのマリヤと会った後、血の塗られた幕屋本体として天のまことの幕屋に入り、永遠の贖いを完成し、戻って来てからは、弟子達に体を触らせたのではないかと推測できます。

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イエス様が十字架で「生ける宮(体;教会全体、心;聖所・礼拝堂、霊;至聖所)」となられた事は、再臨を迎えようとする今の私たちにとって、非常に重要な事実です。

★Ⅰコリント3:16あなたがたは神の神殿(教会・宮)であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。

★Ⅰテサロニケ 5:23 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。

私たちが「生ける宮」になるには、イエス様の生涯である幕屋を辿らなければならないし、イエス様の十字架上の身丈に届かなければならないからです。

下記は、私たちが辿るべきイエス様の生涯としての幕屋(横軸)と、私たちが達するべき身丈としての幕屋(縦軸)を表しました。

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本日は、この表の香壇」の位置に注目したいと思います。

なぜなら、私たちの体が栄化して御国に入るのは、体が殉教を含む肉体の死であるか、再臨の時に限られているからです。しかし、私たちの香壇である心が殉教(プシュケー;魂の命の死)するのなら、この地に生きていてなお、天の御国を心の中で体験し、また御国を地に流す事となります。

キリストの幕屋は、最後のリバイバルに対して、多くの重要な真理を語っているのです。






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「クリスマスにまつわる香壇での礼拝のお話」


イエス様はクリスマスの夜、私たち人類の罪を贖い、神の子・神の民とする為に、天から下って来ました。

最初から、香壇であるゲッセマネの園で心を裂く為、そして十字架の上で体を裂く為に赤ちゃんとなってベツレヘムの馬小屋に生まれて下さったのです。

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その生涯を通して、私たちの辿るべき十字架の道と、私たちの魂の命(プシュケー)であるパンを裂くべき事を教えて下さいました。

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私たちは、もしかしたら体の殉教を捧げる場面も近い将来にあるかもしれません。しかしこの地に生きている今、心のパンを裂いて、真の礼拝を捧げ続けましょう。・・・ゲッセマネの園のイエス様のように。・・・

★ローマ12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。殉教と言う真の霊的礼拝を捧げる毎日を送りましょう。 

★詩篇51:17 神へのいけにえは、砕かれたたましい砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。


※イエス様がアザゼルの山羊として、生ける者の地から絶たれて下さったので、私たちは霊的に神と裂かれて孤児となる事はありません。常にインマヌエルの主が聖霊として私たちと共におられます。






 図299  
2013年12月27日(金)コチラに続きます。
「ベツレヘムの静かな夜」についてです。
22日(日)コチラには、クリスマス賛美礼拝をお届けします。







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《バックナンバーご案内》
今までの主なテーマをまとめて、下記のように整理しました。

Ⅰ生ける宮【霊・魂・体】(1~6)コチラから

Ⅱキリストの岩 (1~11+基督の幕屋2)コチラから

Ⅲ天国への地図 (1~)コチラから 
・・・天地創造の七日間と幕屋の七つの器具・・・
 ★聖所「パンの机」・・・・コチラから
 ★聖所「燭台(聖霊)」・・・コチラから 
 ★聖所「香壇(祈り)」・・・本日より始まりました。 

各テーマの冒頭に「コチラ」からアクセスしたら
各メッセージの最後に、次回に飛べるようにリンクをしました。
今年1月4日より始まった当ブログは、全部繋がりました。

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| Ⅲ天国への地図 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

22日の賛美礼拝を楽しみに待っています。ろうそくの灯があとひとつですね! とっても待ち遠しいです!

| saty | 2013/12/21 20:57 | URL |















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