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(4)エデンの東②「エデンの園の中央から流れる川」

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≪エデンの園の川≫

地を造られた当初、木も草も芽も出しておらず、雨も降っていませんでした。

★地には、まだ一本の野の潅木もなく、まだ一本の野の草も芽を出していなかった。それは、神である主が地上に雨を降らせず、土地を耕す人もいなかったからである。(創世記2:5)

※これは、天地創造の二日目に、地球を取り巻く水を大空と地表に分け、三日目にその地表の水を集めて海とし、陸を地と名づけた段階の事です。ノアの方舟の時に、大空の水の塊が全部地に落ちたので、高い山が覆われてしまう大洪水となったと、創造科学で学びました。創世記の初期では、雨が降らなかったものの、大気が水分を多く含んでいたので生命体にとっては抜群に良い環境であったので、その当時の人々は数百年の寿命があったそうですが、ノアの方舟以降、徐々に人類の寿命は縮まって行き、今にいたります。

それで神様は、東の方角にエデンの園を設けて、そこに多くの美味しい実のなる木を生えさせ、最初の人アダムを創造して園に置いて地を耕させ、園を管理させました。
エデンを潤すために神さまが流した川は、四つの水源となって外にまで豊かに流れてゆきました。

★神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木とを生えさせた。一つの川が、この園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、四つの源となっていた。(創世記2:9-10)

 エデンの東1

エデンの園は、下記のバイブルスタディでは、ピンクの印の付近となっていますが、ノアの方舟が発見されたトルコのアララテ山付近に園があったと言う説もあります。

エデンの東2

エデンの園から流れ出た四つの川の名前を見ると、ノアの方舟の時の大洪水で地形や川の流れが大きく変ったとしても、今でも残っているチグリス川やユーフラテス川があって、エデンの園は、メソポタミア地方にあったと推測されます。

いずれにしてもこの近辺は、中央のバビロン、北のアララテ山、西方のイスラエル(カナンの地)、エジプトと共に、聖書の中心的な舞台です。




 ★花のライン17休憩
2013年1月27日(日)コチラに続きます。

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