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贖いの蓋「天地創造の目標と目的」


1★十字架のライン
 


 
 
ライン15
贖いの蓋「天地創造の目標と目的」 

契約の箱と贖いの蓋を一つとして把握される方が多いのですが、箱と蓋とは完全に別の目的で造られています。

★出エジプトExodus25:10 アカシヤ材のを作らなければならない。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半、高さは一キュビト半。これに純金をかぶせる。それは、その内側と外側とにかぶせなければならない。その回りには金の飾り縁を作る。・・・25:13 アカシヤ材で棒を作り、それを金でかぶせる。25:14 その棒は、箱をかつぐために、箱の両側にある環に通す。・・・25:16 わたしが与えるさとし(十戒の二枚の板)をその箱に納める。

箱はイエス様の頭部を表します。旧契約では十戒の板を収納される目的で造られ、十字架後の新契約に於いては「十戒の板」だけではなく、箱の前に置かれていた「マナの壷」と「アロンの杖」が収納されました。前回までに何度か説明をしました、キリストの身丈に至った信仰者が「心の板に直接書かれる神の言葉」、「奥義としてのパン」、「父の御心を祈る聖なる祭司」となる事ができます。

しかし、箱の上に乗せられる「贖いの蓋」上に天と地の境のエデンの園の門に象徴される門番としての「ケルビム」が置かれ、その二体の隙間から、天の御座からの神の栄光が、命の水の川が差込み、天の御座におられる天の父と語り合う事ができます。

★出エジプトExodus25:17 また、純金の『贖いのふた』を作る。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。25:18 槌で打って作った二つの金のケルビムを『贖いのふた』の両端に作る。25:19 一つのケルブは一方の端に、他のケルブは他方の端に作る。ケルビムを『贖いのふた』の一部としてそれの両端に作らなければならない。25:20 ケルビムは翼を上のほうに伸べ広げ、その翼で『贖いのふた』をおおうようにする。互いに向かい合って、ケルビムの顔が『贖いのふた』に向かうようにしなければならない。25:21 その『贖いのふた』を箱の上に載せる。箱の中には、わたしが与えるさとしを納めなければならない。25:22 わたしはそこであなたと会見し、その『贖いのふた』の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとくあなたに語ろう

 ★円形の栄光

ですから贖いの蓋とは、その隙間に天の御座から来る場所であり、十字架以後の主を必死で求める信仰者が体験できる天の御座の体験です。ですから、イエス様の身丈(頭部;契約の箱自体)は、信仰の主の山の頂上であり、御父の栄光はその隙間から来る「天」のものであり、遥かに高い天の御国の御座で生きている時には、鷲のように霊魂が飛んで体験できるものです。

 207の23





・・・・・(1)天国への三つの門・・・・

 207の25

私たちが天国に行く地図には、三つの入口(門)があります。

①世に向かって広く開けられた救いの門・・・イエス様がこの世に救いの光として下られました。私たちにとってはイエス様の十字架の御業が「救いの門」です。

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②人がやっと通れる狭い聖所への入口・・・イエス様を救い主として信じ、洗礼を受けたら、御霊を受けて聖所(試練と訓練の荒野・日々の礼拝)の門に入ります。聖所の入口には五本の柱があり、その間を幕を潜って入ります。

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③イエス様が十字架で裂いた至聖所への垂幕・・・イエス様がゲッセマネの園でご自分の肉の思いを裂いたように堅い魂の命(プシュケー)を裂けば「心が御国」に入り、体の命が死ぬか再臨の時に霊の体を与えられた私たちの霊魂が、「天の御国」に入ります。十字架の三日後に復活された後、天に帰られたイエス様のように。

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・・・・・(2)クリスチャンにとっての広い道と狭い道・・・・

イエス様を知らない人々にとっては、救いの門に入る事が「狭き門」になります。あまりにも多くの人が滅びに向かって人生を歩んでいるからです。

しかし、狭い門に入りなさいとは、山上の教えで、主に信仰者(弟子たち)に語られた言葉です。

★マタイMatthew7:13 狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。7:14 いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。


 307の0

救われても、まだまだこの世の何かを持って歩むのであれば、天国に身ひとつで入り、父の御許近くで喜ばれている聖徒たちを歯噛みして悔しがる(うらやましがる)立場になってしまします。

私たちは全員主の弟子として、イエス様の身幅だけのイエス様の身幅だけの狭き道を、自分の小さき十字架を背負って従う時に、狭き道を通り、天の御国に至って冠を受け、イエス様の聖い花嫁としてアブラハムたちと共に宴会の座に着きます。そのような価値の高い人生を送るように全ての人間は創世の以前から召されています。

★エペソEphesians1:4 神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました

私たちは全員、召命に気づいていないだけです。私たちが試練と訓練の荒野を通っている事自体が、その召命がある事の証拠です。どうぞ、救われている方も、まだイエス様を信じていない人も、その召命に従がっていただきたいと願います。
 

 
 
 


・・・・・(3)「天地創造の目標と目的」 ・・・・

そのために、天の父は私たち人類を「試練と訓練の荒野」に降ろしました。

それはあらかじめ、私たちをイエス様に似た者(ガラテヤ2:20)にさせる為に、私たちを「十字架の使命を果たして復活されたイエス様」の姿に創造して下さったのです。

 207の22

そのイエス様の姿(ガラテヤ2:20)に私たち異邦人がなる時、イスラエルの人々がすくわれます。私たちの使命は偉大で、それ故に全ての被造物がクリスチャンの成長を待ち望んでいます。私たちは先ず、「イエス様の身丈に達する事」が何よりに優先する「目標」です。

★ローマRomans8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。

そして、天地創造の目的は、そして幕屋の最後の器具「贖いの蓋」のケルビムの隙間は、「天の御国の安息」です。

 207の21

そして私たちは今、信徒の生涯を象徴する出エジプトの民の殆どが体験できなかった「カナンの地(リバイバルの地)に入る時です。私たちがキリストの身丈に至るのであれば・・・・・。イスラエルの民には聖霊が宿っていなかったのですが、主を切に求める私たちは間もなく聖霊の大傾注の時を迎えて、キリストの身丈に至れるのです。私たちの存在が御国からの通路になるのです。ハレルヤ!!!
 

 
 






 ★花のライン17休憩
2014年3月14日(金)コチラに続きます。
新シリーズ「さあ皆で主の山に登ろう」が始まります。
※明日、あさっての二日間でもう少し御言葉を書き加えたいと思います。


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| Ⅲ天国への地図 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2014/03/21 10:39 | |















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