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主の山に登ろう(3)「①欧米と②韓国と③日本の使命」


1★十字架のライン
 

ライン15
「①欧米と②韓国と③日本の使命」

終わりの日に、主の家の山が高くそびえ立ち、全ての国々がその頂上の至聖所に登ってきます。

その為に、個人の信仰者にも使命がありますが、国単位でも長い年月を通して天の父が育てた大きな使命があります。それぞれの国にも、それぞれの文化や国民性を育てて、神様の使命を果たさせる御計画がありました。

そして、その為に個人にも、国にも民族にも、主の山を登って来るように語っておられます。終わりの日が近付いているからです。登る道は、イエス様のまっすぐで狭き「十字架の道」が「小道」です。

★イザヤIsaiah2:2 終わりの日に、主の家の山は、山々の頂に堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち、すべての国々がそこに流れて来る。2:3 多くの民が来て言う。「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出るからだ。

この主の山に登ると言うイメージは、旧約の人々の方がはっきりと掴んでいたように感じます。特別に聖霊が、彼らの霊に宿り、十字架の道を示したのです。

ノアも主の山アララテ山の頂上まで神の計画と圧倒的な聖霊の力で登り、アブラハムもモリヤの山に一人息子イサクと一緒に十字架の小道を登り、その孫のヤコブも一生涯をかけて信仰の山を登って、ダビデに「主の山を登る人ヤコブ」と歌われました。

★詩篇 Psalms24:3 だれが、主の山に登りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか。 24:4 手がきよく、心がきよらかな者、そのたましいをむなしいことに向けず、欺き誓わなかった人。 24:5 その人は主から祝福を受け、その救いの神から義を受ける。24:6 これこそ、神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブである。

ダビデは、主の山の頂上である至聖所の、天の御座を象徴する契約の箱の前での礼拝を最も素晴らしい礼拝としたので、自分の足りなさ故に一生涯、切に神の御顔を求めて主の山を登って行ったヤコブを、私たちの代表と捉えました。

ダビデも、エリヤも、エゼキエルも、イザヤも・・・、主の山に登って頂上(至聖所)で神の御声を聞きました。今の再臨を迎える大切な時、私たちは、主の山の頂上に登って行くように召されています。天の父は、旧約聖書全体を通して、今の時代の私たちに、激しく主の御顔を求めて主の山を登って来るように願っておられます。私たちに同胞を導く使命、世界宣教に出て行くべき大きな使命があるからです。

 4329の4

モーセは、同胞を神の民とする契約を結ばせる為、十戒を戴くため、幕屋の建設指示を受けるため、そして天の御国を象徴する主の山の頂上(カナンの地)に導く為、二回も主の御前に立ちました。

一回目は神の山ホレブで、燃え尽きない芝の中に現れた主から同胞救済の指示を受け、出エジプトした後は、シナイ山の山頂を至聖所として降って来られた神と会いました。

モーセのそれらの体験は、今を生きる私たちに、最後のリバイバルで日本の同胞を、そして世界の国々を御国にまで導く為には先ず、御言葉を戴く為に、自分が先に「天の神の御座」に登るべき事を示しています。

モーセは民と違い、その使命のために精励に満たされましたが、私たちもまた、同じ使命を果たす事ができるように、聖霊を注がれているのです。

主が、旧約時代のモーセや他の信仰のを全うした人と同じように、今の時代の私たちに「御座(契約の箱)前での礼拝」にイエス様の十字架の道を通って、山頂に招待しているのです。聖霊の細き御声を聞き、従いましょう。

主の山の頂上での礼拝で、ダビデのように、天の御座の前に座り込み続けましょう。






・・・・・(1)礼拝の主の山とは?・・・・

礼拝の主の山の頂上(至聖所)とは、私たち生ける宮(教会)の霊の所です。私たちの霊の所には、霊である神様が宿る事ができます。

 4329の1

ソロモンは壮大な神殿を立てた時に、天も天の天も入れる事の出来ない神様の臨在を、聖所と至聖所に入れる事は不可能であると言いました。

★Ⅱ歴代2 Chronicles 6:18 それにしても、神ははたして人間とともに地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。

しかし、神様が人間を創られた時、神の霊が存在できるように、私たちの心の奥底にある「霊の所」に空間を造られて、私たちが生ける宮として完成させて下さいました。

★使徒Acts15:16 『この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。15:17 それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである

そして最後の時、聖霊を注いで私たちの霊の中に豊かにご臨在なさり、栄光を見せ、慰め、励まし、養い、豊かな愛で包み、歓喜で満たそうとしておられるのです。私たちが、神を求める者の一族ヤコブとして、切に主を求めて登って行くのならば。。。
 
 
 



・・・・・(2)礼拝の主の山を登るとは?・・・

☆下記の一番左「主の山の礼拝」は、ただひたすら天を見上げて登って行きます。

☆左から二番目「イエス様のご生涯」に於いては、クリスマスの夜に天の御座から降りて来られ、三年半の宣教の使命を終えて最大の使命である十字架で死に、復活されてまた主の山の頂上である天の御座に帰ってゆかれました。

そして、もう一度山の東の頂上に降りて来られるので、多くの神の民を導いて頂上で登って来るように、その助けとなる政令を天から降して下さっておられます。

 4329の2

☆出エジプトの民は、この世に於ける至聖所カナンの地にまでは到達できませんでした。彼らの内に聖霊がなかったからです。そして、イエス様の天国に繋がる十字架の道のお手本もありませんでした。


☆しかし、今の時代の私たちには、イエス様の道が示されており、聖霊も注がれています。今から切に天を求めるのなら、圧倒的な聖霊の大傾注があります。主の山の頂上とは、イエス様の身丈です。その身丈に私たちは到達する事(ガラテヤ2:20)ができるのです。

★エペソEphesians4:13 ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです

ですから、私たちは聖所(肉の思い)に留まっていてはならず、御座におられる方の霊で生きていなければなりません。

★ローマRomans 8:6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。8:7 というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。8:9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。

これが、個人に対する主の山登山の使命です。





・・・・・(3)①欧米と、②韓国と、③日本と中国の使命、そして・・・・

国に対する使命もまた、長い年月をかけて、主の山の頂上を目指して進んでいます。

 4329の3

①欧米の使命

近代以後になりますが、先ず、ヨーロッパから体の殉教もいとわない宣教が行われて、使徒行伝で語られたように、東の端っこの私たち日本にまでキリスト教が伝えられました。

その後、アメリカの教会によって、非常に活発に、物質や人を送り込んで世界宣教がなされました。

②韓国の使命

韓国は、申し訳ない事に日本の軍隊から迫害を受けたのですが、その熱心な祈りと賛美、聖霊による預言的な聖書解釈、そして彼らの良い意味での自尊心を神様を育てて、リバイバルの為にお使いになり、欧米も韓国も、彼らは充分にその使命を果たしました。

③日本と中国の使命

そして、ついに日本の使命を果たす時がやって来ました。日本の使命は、主君の為に命を捨てると言う心が育てられました。第二次世界大戦ではサタンにその良い性質を使われましたが、これからは、真の主人イエス様のために働くようになります。

中国の地下教会はもう既に、心と体の殉教を覚悟して主の礼拝の山の頂上に登っています。

そして、④イスラエルの使命

そして、異邦人が使命を果たし終えた時、ユダヤ人たちが私たちにはとても及ばない、真の弟子としての使命を果たし、再臨の時となります。

★黙示録Revelation14:1 また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。・・・14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。 14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。 14:5 彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。








エンディング



そのために、私たち、特に日本と韓国と中国のクリスチャン全員は、主の山の頂上に登り、一緒に世界宣教に出て行きましょう。

 4329の6
 



3ライン 










 ★花のライン17休憩

2014年4月4日(金)に続きます。
「日本の使命」について詳しく説明したいと思います。



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| Ⅴ主の山に登ろう | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2014/03/31 23:03 | |















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